小春日和

 11月に入って小春日和が続いた。

晩秋になるのに、“小春日和”で小さな春みたいだという。

春先を“麦秋”といって、秋を感じる日本人の感覚って、面白いなぁと思う。

 

 暖かい光の中で、駐車場の横の庭の手入れをしていると、客の車が止まった。

母親2人に、小さな子どもが3人降りた。

「おとなしくしてね」「いいこにしてね」と母親が言いながら店に向う。

私は、咲き終わった“ノコンギク”を掘り起こすのに夢中になっていた。

5鉢ほど買った菊だったが、地植えにしたら増え続け他の花の根を浸食していたのだ。

「〜さーん、電話でーす」と塚石が私を呼びにきた。

電話に出るために、店に戻った。

何時もの母親からの電話だった。

電話を終えて横を見ると、子ども達が、手に手にリボンを持って走り回っていた。

「あー、これはお店の商品だから持たないで下さいね」と私が言うと

「いやだ!」と3歳くらいの男の子が言った。

「嫌だじゃないんだよ。これは、僕の物じゃないから持ってはいけないんだよ」

と取り上げようとすると

「ばーか」と言って逃げようとした。

丸く巻かれたリボンは解けて床に伸びている。

逃げようとする子どもを、私はむんずと捕まえた。

「これは、持ってはいけないものなの!」と無理やりリボンを取り上げると、男の子は

べそをかいたような顔になり遠くに逃げた。

1歳半位の弟もリボンを持って母親と引っ張り合っていたが、取り上げられた。

兄が、「ばーか、ばか」と言うのに加勢して兄の横に行き

「ばーか、ばか」と回らぬ口で言った。

小学生位の女の子は、心配そうに見ている。

母親は、何も言わない。

「お母さん、気を悪くしたらごめんなさいね」と私は母親に向って言った。

「いえ」

「お母さん、私は思うんですけど、子どもは先ず、怒らないで教える。

教えていうことをきかなかったら、叱る。きちんと教えることと、叱ることが大人の役目。

そう思いませんか?」

「はい」

「教えない、叱らないということは、子どもが成長出来ないということだと思うんですよ。

でも、最近の大人は事なかれ主義で、見てみぬ振りで終わりにしてしまうんですよね。

最近の雑貨屋で、子ども連れお断りの店が増えているんだそうですよ。

子どもがイタズラしてそれを注意するとお客さんとトラブルになるし、注意しないと

モノを壊されるからなんですって。

私は、それには反対なんです。

そういう時が、大人がきちんと子どもに教えるいい機会だと思うんですよ。

一緒に子どもを育てていきましょうよぉー」と最後は頼み込むように言った。

「そうですね」と母親は言った。

私は子どもの方を向いて、

「はい!ここでは、二つお願いがあります。

一つ、表に出ないこと。

オバちゃんの家のワンちゃんはジテンシャに轢かれたことがあります。

一つ、お店のモノは触らないで見てください。

わかりましたかー」

「わかんない」と言う男の子の目をじっと見て

「お願いしましたよ」と言って庭に出た。

 

菊の根が掘り起こされた庭に這いつくばって石を拾っていると、後ろにさっきの男の子

が立っていた。

「あれ?一人で表に出ないっていう約束はどうしたのかな?」と言うと

「ボクね、車に轢かれたことがあるんだよ」と言う。

「あららー、それはたいへんだぁ。だから、表に出ないでって言ったんだよ」

「うん、何してんの?」

「庭をキレイにしてんだよ」

「石、拾ってんの?」

「そう、お花が苦しいよーって言うからね」

「草も取るの?」

「そーだよ」

黙々と石を拾い、草を取っている横に男の子は立って見ている。

「ハンセー、したか?」と聞くと

「ウン」と男の子は下を向いた。

「そーだよ、やっちゃいけないことは、やっちゃいけないんだよ。

誰も見ていなくても怒る人がいなくても、やっちゃいけないんだからね」

「うん、その花、捨てちゃうの?」

「うん」

「なんで?」

「かわいそうだけどこの花を切ると、この次に咲く花がキレイになるんだよ」

「ふーん」と、話していると女の子(小学1年位)が来た。

心配して見に来たようだ。

「このボクは自動車に轢かれたことがあるんだって?」と言うと

「轢かれたらー、ココに居ないでしょ」としらっと言われてしまった。

女の子も庭に興味を持っていろいろ聞いてくる。

話しをていると、母親と弟が車に戻ってきた。

「どーも、すみませんでした」と母親は言った。

「いえ、こちらこそ。

私、変わり者で通っていますからビックリしたでしょう。

でも、子どもにとって何が一番大事なのかを考えて育てていきたいですよね。

私、保育所に勤めていたことがあるんですけど、

子どもたちに「お母さんって怖い?」って聞くと

「お母さんは世界一怖い」って言うんですよ。でも「世界一やさしい」って言うんです。

怖いっていうのは、強いってことだと思うんですよ。

何かあったら命を張っても守ってくれる、頼りになるお母さん。

でも、悪いことをしたらちゃんと叱ってくれる怖いお母さん。

その時の怖いは、尊敬だと思うんですよ。

最近はやさしいばっかりで、ちゃんと教えて叱る親が少なくなった気がします。

「ボクのお母さんやさしいんだ。何やっても怒らない」って言う子がいるけど、やさしさ

を履き違えていますよね。怒ると子どもに嫌われるからって怒らない親がいるんですよ。

でも、怒る必要はないですよね。

教える。導く。注意する。諭す。叱る。

本当は、子どもは本気で叱ってくれる人を求めているんじゃないかと、私は思うんですよ」

「そうですね」

「ごめんなさいね。言いたいこといちゃって」

「いえ、ありがとうございました」

「東北の方の人が居て、子どもを叩く時に「この宝物が!」「この宝物が!」って言って

叩くんだって聞いたことがあるんですよ。子どもは宝物だよね」

「そうですね」と言ってみんなが車に乗った。

再び庭に這いつくばると、車の窓が開き

「ありがとうございましたー」と母親が言い。

子どもたちが一斉に手を振って、駐車場を出て行った。

 私も立ち上がって手を振った。

           小春日和の気持ちのいい日だった。

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