コンビニ

 

 この間の日曜と月曜日、野暮用で東京に行って来た。

東京に隠れ家があり、そこに泊まった。

一緒に行った夫と娘には彼らの用事があって、夜は一人で過ごすことになった。

 

 私は一人で過ごすのが大好き、無上の喜びを感じる。

近くのコンビニで夕食を買ってきて一人の時間を存分に楽しむことに決めた。

 暖かいコートを着て外に出ると、その日は最近まれに見る春一番が吹き荒れたが、

夕暮れを迎える街は、風もおさまってきていて、何だか春のトキメキを感じた。

 いつも歩く通りには、私なりの植物の知人というか、顔見知りの植木がある。

その中でも特に沈丁花が好きで、今頃ならどの程度膨らんでいるかを覗く。

 因みに我が家の沈丁花は堅い蕾(つぼみ)が、両手を揃えたネコの指のように上品に

慎ましやかに並んでいる。

 東京はさすがに暖かいのか、もう綻(ほころ)ぶ気配を見せていた。

その香りを放つのは幾日もないだろう。

 下町の機械職人の多いその町は、ホコリだらけの工場の前にも、民家のガラス戸の前

にも色んな植木を置いている。

 植木鉢になっているのは、壊れたバケツや発砲スチロールの箱などで決してお洒落な

物ではないが、色とりどりの草花が咲き、金のなる木やベンジャミン、幸福の木なども

軒下に並べられている。

 それらは、私の家ではサンルームに置いてさえも寒さで枯れてしまうものなのに、

そこの軒先を彩り潤している。

 

 コンンビニに入ると、定番“おでん”の香りと湿気。

これは、ズルイぜ。

毎日家庭の呪縛から抜け出せないで暮らしている私が、懐かしいホッとした気持ちに

なる。

 こだわりおにぎり3個入り395円、蒸し鶏のサラダ390円、砂肝黒胡椒焼き

260円、たっぷりスパゲティサラダ190円、さけるチーズ95円、カステラ200円、

乳酸菌飲料2本220円、梅酒168円と196円、漫画三丁目の夕日380円をカゴ

に入れてカウンターに行く。

隣のレジでおでんを買っている客が居た。

「あー、やっぱりワシもおでん」と目の前のオネエチャンに言う。

その子は、痩せて顔色のない表情のない子だった。

「あ、誰も好みは一緒だな。ワシも大根と白滝と昆布巻き」

返事もせずにおでんをパックに入れるオネエチャン。

彼女は、返事をしないんでなくて、出来なくている気がした。

 そうなると黙っていられない私。

「ワシ、今からこれで酒飲むんだ」

と言うとその人は顔を上げた。

「ワシ、人が傍にいるの嫌いなんだぁ。一人の時間が一番幸せ!

あっ、やっぱり白滝もう一つもらおうっと」

レジが打たれる。

合計が2786円。私は財布から5千円と6円を出した。

釣りが2220円になった。

「わー、もう一つで2のぞろ目だったのに。

ワタシんとこも商売してんのよ。それでレジ上げん時33万3千3百3拾3円だったり

すると、みんなで喜んじゃったりするのね」

「スゴイですね」と言った彼女に顔色が表れたが、彼女がスゴイと言ったのは売上高な

のか、はたまた数字が揃ったことだったのか。

 まあ、因みに売り上げの額はちょっとサバを読んでみた。

「客商売って大変だよね。まあ、お互いガンバロウ」と言うと

「はい」と彼女の顔に笑顔が出た。

「いいべぇ、これから酒飲んでグダグダすんだぁ」と言うと

「いいですね」と答えた。

 

その短い制服から突き出た彼女の細い腕には、ススキで引っかいたかのような無数の

傷があった。

「じゃあね」とドアから出て行く私の後ろに

「ありがとうございました、お気をつけて」という彼女の声が聞こえた。

 

 外に出るとすっかり暗くなっていて風が出始めていたが、何かがほんのり温かい。

村下孝蔵の初恋を歌いながら隠れ家に帰る私を、自転車が追い越していった。

 ちょっと、スキップしてみた。

 

 ♪五月雨は 緑色 悲しくさせたよ 一人の午後は

恋をして 淋しくて 届かぬ想いを暖めていた 好きだよと言えずに 初恋は

振り子細工の心

放課後の校庭を走る君がいた遠くで僕はいつでも君を探してた

浅い夢だから 胸をはなれない♪

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