コジキ

 

「あー、居て“くれて”よかったぁ〜」

と、その人は私の手を掴んだ。

「あー、お久しぶりです。お元気でしたぁ?」

「それが、元気じゃないのよ」

「どうして」

「だって、主人が亡くなって一人ぼっちになってしまってしまったんだもの」

「あれから随分になりますね」

「ええ、1年半」

「じゃ、新盆は去年だったんですね」

「そう、去年はまだ沢山人が来てくれたから良かったんだけど、もう今年になったら

誰も来てくれないのよ」

 そう言った彼女はもう目の縁を赤くして、今にも涙がこぼれそうだ。

 

「ダメだわね、結局みんな他人事なのよ。

主人が生きていた頃は人の面倒を見てあげていたから寄ってきてただけで、その主人が居

なくなってしまったら、もう誰もあたしの心配なんかしてくれないのよ」

 

 その人は、以前から主人が自慢の人だった。

「主人が、家の土台がダメになって困っている人を助けてあげたの」と言うので

「へぇー、ボランティアかなんかで?」と言うと

「仕事でよ」と言う。

「じゃ、お金貰ったんでしょ」と聞くと、

「当たり前じゃない」

「じゃあ、助けてあげたんじゃなくて頼まれた仕事をしたんでしょ」

「でも、主人でなくちゃ出来ないことなのよ。あの人はみんなが出来ないことでも出来て

やってあげる人なの」

「ふーん」

 

 そのご主人が突然亡くなった時、どれだけみんなが良くしてくれたかという話は幾度と

なく聞いてきていた。

 今、泣きが入ってトツトツと一人身の淋しさを語る彼女を見て、あー、この人は主人の

影でない、自分の人生と歩く時が来たんだ。と、私は思っていた。

 

「ダメ息子が心配して“くれる”んだけど、役に立たないし、いずれお嫁さんだって

“貰わなくちゃいけない”でしょ」

「別に貰わなくちゃいけないってキマリはないんじゃない?」

「だって、貰わなかったら世間に笑われるし、本人だって困るでしょ」

彼女は、何が大切で何が大事なのか、分からなくなっているみたいだった。

 

 みんなが来てくれない、話を聞いてくれない。と綿々と話が続き、

「あたし、淋しいのよ」と再び彼女が言った途端に喋り出すこの口。

「あなた、今、コジキが入ってるね」

「えっ、コジキ?」

「うん、そういう人の特徴は“くれる”と“くれない”の連発。調子がいい時は

“やってあげた”になるんだな。

人の都合とか幸せには気持ちが行かないで自分のことばっかりになって、

人からやって“もらう”ことばかり欲しがる“コジキ病”その感じ、分かる?」

「そうかもしれない」

「ホントに、心配して“くれてない”じゃなくて、心配してないかな、みんな。

少なくてもあたしは、今のあなたを心配してあげてるんじゃなくて、心配だな」

「だから、あなたに会いたかったのよ」

「こんな人にコジキなんて言っちゃう人に?」

「だから、そういうあなたに会いたかったの、あなたの話を聞きたかったの。

みんなも表面上は心配してくれてると思う、でもちゃんと話してくれないの」

 まだ、“くれる”を言い続ける彼女、すぐには変わらないんだな。

「うん、今のあなたでは表面上になっちゃうんじゃない?何でか分かる?」

「面倒臭いからでしょ」

「あー、分かってるんだぁ。

今のあなたは自分のことだけだイッパイになってて、人の気持ちとか都合なんかには気が

行かないよね」

「そうかもしれない」

「今のあなたを見ていると、何だか腫れものに触るみたい面倒みなきゃならないって感じ

がする。

辛い時って、こういうこと言っても耳に届かないんだけどさ、みんなそれぞれの大変さを

背負って抱えて生きているんだと思うよ。

一々口に出さないだけでさ。みんな精一杯いろんなことや自分を背負って生きているのさ。

それを、自分だけが大変だって思ってしまうと前に進めなくなるんじゃないかな」

「…」

「もう、ちゃんとしようよ。

ないモノねだりだの、なくなったモノにしがみ付くんじゃなくて、今に生きる。

今を生きる」

「そうね、私より大変で不幸な人だってイッパイ居るんですもんね。

私なんて幸せな方よね」

「悪いけど、その考え方もキライ。

あなたより大変だとか不幸だとか、その人はあなたに言われたくない。と私は思うな。

形だけ見て、どっちの方が幸せだの大変だの決めるのは愚かだと思う。

そこに在る事に、自分がどう向き合って、どう生きるか。そのことに人の幸不幸はある。

と、私は思う。思っている。

今の自分が好きで、誇りを持てる。ってことが、答えだだと思う。

 なーんて、カッコいいこと言ってるけど、私は出来てませんから〜。

でも、そこに向かって努力してる。そんな自分が好きさ」

「やっぱり、ここに来て良かった。

ありがとう」

「そうですか、私も良かったです」

 

 

 「やってくれたのぉ〜。ありがと〜」と自分のすべきことをしただけの子供に大袈裟に

言っている母親をよく見かける。

 料理番組で「油を取ってあげましょう」「野菜を冷やしてあげましょう、美味しくなって

くれます」と言う料理人が居る。

それを聞くと、気が付かずに行っている自分が中心の思考回路と、上から目線、

そして、コジキ病を感じてしまうワシは、過剰反応なんでしょうかね。

 

 

 

 

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