真由子の縁

 

 正月に調子の悪かった真由子だが、自信を取り戻して元気になったかと思うと、落ち

込んで仕事を休んだりを繰り返していた。

 でも、暮れの危ない感じは通りこしたと奈々は思う。

 

そんな真由子に、3月に入って急に縁が結ばれたというのか、現れたというのか、

兎に角、奈々が(これは、真由子に縁がある人でしょ)と思う人が現れた。

 

以前にいた紗希(さき)という娘が、「私は結婚する気は、ゼンゼンない」と言って

いたが、グループで付き合っていたうちの一人が今日誕生日なんだと言うのを聞いた時、

「その人にしなよ。その人が紗希ちゃんの相手のような気がする」と奈々は言った。

どうしてなのか、その時ピンときた。

紗希は携帯電話で誕生日ソングを作って誕生会に出掛けたが、他の人たちは皆都合が

悪くなって二人だけの誕生会になったという。

 紗希は、その時まで彼をあまり男として意識していなかったらしい。

でも、奈々が落ち着く気配がなくて何かと危険な紗希のことを、バリに住む師匠である

佐々氏に相談した時、「もう傍に居ますよ」と言われていた。

 そして、「紗希さんは、落ち着きたいんですね。結婚したらいい奥さんになりますよ」と

も佐々氏は言った。

 その時の紗希は、自分でも結婚したいと思っていることに気が付いていなかった。

それが、トントン拍子で話が進み結婚した。

一緒になる相手というのは、決められていて用意されているんじゃないかと奈々は思う。

結婚してから紗希は、自分がそれを求めていたことに気が付いたという。

 

 その時の感じと、今の真由子の感じがよく似ている。

恋愛と結婚は別だというが、奈々は、真由子の表面的なことでない何かがキレイになって

新しい世界が開けていくのを感じていた。

 

奈々は、思う。

 縁というのは、誰でも良くて誰でもダメなんじゃないだろうか?

縁によって結ばれるのは、良くなるタメに一緒に戦っていくということなんじゃない

だろうか。

 親子でも夫婦でも別れられないように結ばれることによって、共に前進するように

仕組まれている気がする。

 結ばれる相手は、気があっても合わなくても、実は相性が悪いような気がする。

だから愛だとか情、シガラミなどによって結び付けられて逃げられないようになる。

 縁というのは、そこに縁があって結ばれるまでで、そこから良い縁にしていくか

悪い縁にしていくかが勝負のような気がする。

 自分が良くなりたかったら、相手も成長しなければならない。だけど、自分のタメに

相手を変えようとした時、絶対と言っていい程思うようにはならない。

 人は何時も自分以外の人と戦っているつもりでいるが、実は戦うべきものは自分の中に

あるんじゃないだろうか。

 それを識るタメに人と人は縁を結ぶのかもしれない。

真由子は、今、それを求めていると奈々は感じた。

 

でも、その前に真由子には超えなければならないハードルがあると奈々は感じていた。

真由子の両親は、会社を経営している。

兄が一人居るが、真由子は家族に溺愛され何不自由ない暮らしをしてきた。

毎年のように家族で旅行に行き、海外には何度行ったか分からない。

 イジメのことは家族には言わなかったが、学校に行くのが嫌になり高校を中退した時も

両親は真由子を心配して彼女の求めに応じて東京にアパートを借りて、一人暮らしを

させ生活費を送った。

 真由子の両親は、家がどうであっても自分の力で生きることが一番大事だと考える

人たちだ。だから、本人が本気で頑張るというなら水商売でも応援する。

 でも、真由子が海外に語学留学したいと言い出すとアメリカに留学させるような親だ。

真由子の家の金銭感覚はちょっとオカシイ。

「お父さんちょっと時間が出来たから、一緒に行こうよ」と父親に誘われて二人で香港

から台湾に買い物に行ったりする。

 母親もブランドなどは興味ないが、「気に入ったんなら買いなさい」と一度に10万円も

衣類を買い与えるような人だ。

 すし屋に行くとカウンターに座って、ネタケースの中の物をあれこれ注文する。

「真由子ちゃん、この間思ったんだけど、あなた思い上がっているように見えるよ」

「何がですか?」

「彼が来て真由子ちゃんのこと誘った時、隣に居て聞いててごめんね」

「いえ、いいんですよ。私、何でもオープンですから」

「あの時、『何処がいい』って彼に誘われて、真由子ちゃん『何処でもいいです』って

答えたでしょ」

「はい」

「でも、彼が若者がよく行く居酒屋の名前言ったら『そこだけは無理』って言ったでしょ」

「だってぇ、あそこの店に食べるもんないでしょ」

「真由子ちゃんね。私、その時何であなたがイジメにあったか分かった気がしたわ」

「何で、ですか?」

「彼、一人ですし屋に入ったことないって言ってたわ。

真由子ちゃんは、すし屋に慣れてるわよね。すし屋に入ったらこれ切ってくれだの

アブってみてだの」

「そんな、アブってなんて言ってません!」

「普通は、寿司のにぎり1人前食べてオワリって人が普通なのよ」

「私、すし屋でにぎりって食べたことありません。ツマミばっかりで」

「でしょ、今の状態のあなたが彼と食事にいったら、彼は住む世界が違う人だって思う

わね」

「そんなことないです。今、貯金もゼンゼンないし、生活費だってようやくだし」

「あのね。悪いけど、私あなたのお給料幾らか分かってるのよ。

それに、今あなたが住んでいるのは親の持ち物のマンションでしょ、家賃払っているの?」

「払ってません…」

「他の子は、あなたと同じ給料で家賃も払っているのよ。

この間、ビールは何が好きって聞かれて、何でもって言って、アッやっぱり発泡酒は

飲めないって言ってたけど、あれ差し入れしてくれるもんだったんでしょ」

「何だか嫌だな、ママ」

「よく聞いて、私、あなたにイジワルでこういうこと言ってるんじゃないのよ。

あなたの家は、お金持ちなの。で以ってあなたは今まで自分の力じゃなくて親の力が

多くて生きてきたの」

「だから私は自分が嫌になっちゃうんです。何をやっても中途半端で、馬鹿で、何の力も

なくて、だからイジメにもあって、イジメられたのは、私が馬鹿だから悪いんです」

「そりゃあ、つましい生活をして大事にしているものを馬鹿にされたら怒るわよね」

「私、馬鹿にしたことありません!」

「そうかなぁ、あなた並寿司だけ食べたことある?

食堂に行って定食だけ食べたことある?」

「一人暮らしの時あります!」

「でも、若者がよく行くYの滝だとかМきとか、Kなんかに行く気ある?」

「だって、美味しくないですよ」

「そこが美味しいって言う人が居るの、一生懸命働いてそこに行ってみんなで食べたり

飲んだりすることを、自分のご褒美にして頑張っている人が居るの。

真由子ちゃん、あなたは、時々失礼だってこと言っておくわね」

「そんなこと言われたら、私自信がなくなって何も話せなくなっちゃいます。

私なんて居る必要のない役に立たない人間なんです。

自分の力で生きたことなんてないんです!

生まれてこなければよかったんです!」

「あー、今、分かった。

真由子ちゃん、あなた何で自分が失礼なのか分かる?」

「思い上がっているからでしょ!」

「何処が?」

「自分の力で生きていないのに、お店に文句言ったりして」

「違うなぁ」

「じゃ、何ですか!?」

「神様に気が付いていないからだよ」

「神様って何ですか?」

「神様は居るか居ないかっていう議論をする人が居たりするけど、もう議論する時点で

気が付いていないんだよね。

真由子ちゃんが、自分を否定するのは、誰かに嫌われたとか、自分が役に立たないだとか

人間レベルで自分を評価してるからだと思う。

私、思うんだけど、今ここに存在しているってことは、神様がここに居なさいって、

それでここに置かれているんだと思うの。

偉い人も悪い人も、障害者も、ちっちゃい子供から死にそうな老人まで、役に立つとか

必要があるだのないだのって人間が決めるのは不遜というか出しゃばりだと思う。

 そこで、自分はどうなりたいかそこに向って努力するのが人間の務めでシアワセ。

人にああなれこうなれって意見するより自分がそれを行えばいいんだと思うんだけど、

ナント、こうやって私も意見してる。っていうより意見を述べてるつもり。

 ね、自分は生きてる必要があるのか?っていうことは、神様に気が付いたら考える必要

のないことでしょ」

「私にも生きる必要があるんですね」

「そーだよ。だからここに居るんだよ。

でもって、大事なのはどうなりたいかっていうビジョンをハッキリと持つことだと思うな。

だって、望みはハッキリ具体的に持たないと努力する方向が定まらないし、望まない

ことは実現しないんだよ。

だって、良いことがあったって望んでなければ、叶ったっていわないでしょ?」

「そうですね」

「真由子ちゃんはどうなりたいの?」

「平和でシアワセな気持ちになりたい」

「それを具体的に」

「仲のいいアッタカイ家庭を作りたい」

「よし、そこに向って前進しよう」

「うん」

「もう一つ、蛇足」

「ダソクって?」

「ヘビには足がないでしょ、だから余計なモノを付け加えるってことよ。

あのね。神様に気が付いたら、精一杯やって起きたことっていうのは、

それが必要だってことだからね。

だから、彼とうまくいってもオワリになっても、それがいいことなの」

「なんか私、もしこの話がうまくっても、ダメになっても、大丈夫な気がする」

「なんか、真由子ちゃんが階段登った気がするー」

「ママ、ありがと」

 

 今年は桜が早いなんて言われていたけど、4月5日まだ蕾は固い。

今日、西光寺に行った。

 門の所に「よく自分に聞いて下さい 一度しかない人生 今の生き方でいいですか」と

あった。

 

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