ミミちゃん(5)

 2年2組 ひとみを含めて32名のクラス

このところ高学年の受け持ちが続いていた水沢にとって、久しぶりに持った2年生は

勝手が違い、少々戸惑っていた。

同じ小学生といっても5.6年生ともなると話も通じ、クラスに必ずいるしっかりした

責任感のある子がいて、結構手助けになってくれる。

しかし、2年生になったばかりの子供たちの中には、おませな子もいるが、

まだまだ赤ちゃんで手が掛かり、いつ何をやらかすか分からない。

しっかりしていると思っていた子が、ピント外れなことを平気でする。

 水沢は、考えてみると10年振りの低学年の担任であった。

10年前の2年生もこんなに幼かったのか、それともこの10年で子供が変わったのかと

水沢は思った。そこにもってきての、ひとみだった。

冷静であるはずの水沢が、自分の認識と予想が甘かったことを思い知らされ苛立ち始め

るのに時間は掛からなかった。

 佐藤は、ひとみはそれ程手が掛からないと言ったが、それは時間が限られていない場合

の話である。

休み時間にトイレに行き、教室に戻る。体操服に着替え校庭に出る。

帰宅の用意をして昇降口に集まる。

ひとみは、どれ一つとっても遅れずに出来ることはない。

そこに持ってきて、2年生の授業で教師の準備する物は多い。子供たちは当てにならない。

(この子は、普通学校に来る資格はないのではないか?)と水沢は思い始めた。

自分の力不足とは思いたくなかった。

そして佐藤に相談をしたり、頼りにして力を借りることは意地でもしたくなかった。

 

2年生になっても、佐藤の姿を見つけると「たとうせんせー」と駆け寄り抱きついて

きていたひとみが、4月も終わる頃にしょんぼりと、佐藤にはそう見えた。

一人、しょんぼりと歩いているのが見えた。

 佐藤は、ひとみの傍へ行った。

「ミミちゃん」と声を掛けると、白いぽってりとした頬をうつむかせたまま下からすくい

上げるように佐藤を見た。

「あら、ミミちゃん、久しぶりね」と佐藤はおどけて言った。

ひとみは、知能は低いかもしれないが、ユーモアのセンスは素晴しいものがあると思い

それを佐藤は認めている。ひとみはすぐに乗ってくるものと思った。

 しかし、ひとみの表情は固いままだった。

佐藤は、ひとみの肩に手を置いて「あらら、先生のこと忘れちゃったのかなあ」と顔を

覗きこんだ。

「うっわっすれて、ないよ」とひとみが答えた。

佐藤はハッとした。また吃音が出ている。

「学校、楽しい?」「お友達と仲良くしてるかな?」という言葉が空回りした。

ひとみは、何も答えないまま教室に入って行った。

 佐藤は水沢から「ひとみさんは、新しい環境に慣れようとしているのだからあまり声を

掛けないようにして下さいね」とやんわり釘を刺されていた。

佐藤は、背は小さいが肉付きの良いひとみの背中を追いかけていって抱きしめたかった。

校庭には、元気な子供たちの声が溢れていた。

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