ミミちゃん(6)

   家庭訪問

 五月の連休明けから家庭訪問が始まった。

それは、聡子にとっても水沢にとっても待ちかねていたものであった。

 聡子は、ひとみの2年生の担任に水沢が決まると同時に、水沢自身から電話をもらった。

「お母さん、これから1年宜しくお願いしますね。わたくしも頑張りますから、お母さん

も頑張って下さいね」と水沢は言った。

しかし、間もなく度々掛かってくる電話の、水沢の様子が変わった。

その電話の内容は、どれだけひとみが劣っており他の子についていけないかということの

報告になっていった。

 聡子の方から学校へ電話したことは、一度もなかった。

それは、教師がどの時間だったら負担でなく電話に出られるのかが分からないということ

もあるが、気を許して近づくとぴしゃりと切られそうな恐さを水沢に感じたのだ。

 その時すでに、恐れてビクビクすると余計に苛められるという構造が、出来上がって

いたのかもしれない。

 聡子は、このところひとみの元気がなくなって、1年生の初めに出たが、間もなく消えた

吃音がまた出始めていることを水沢に伝えなければと思っていた。

話す時、絶対に感情的になってはいけないと聡子は肝に銘じた。

 

 家庭訪問当日、手の掛かる子や話に時間が掛かりそうな家は、その日の最後にされると

聞くが、ひとみの家も最後だった。

 約束の時間に15分ほど遅れて水沢がやって来た。

生垣の間を縫って玄関に入ってきた水沢は、細面の白い顔に笑みを浮かべ、それを見た

聡子は改めてきれいな顔しているなと思ったものだ。

 しかし、それを言うのは場違いなことは分かっていた。

「今日は、来ていただいて有難うございます。家はすぐにお分かりになりましたか?」

「ええ、静かで良いお住まいですね」

水沢は、靴を揃え座敷に上がった。

「いつも、ひとみがお世話をかけまして…」

聡子は、ひとみが小学校に入って、少しずつ知り合いの店や喫茶店に置かせてもらうよう

になった焼き菓子を添えて紅茶を出した。

 しかし、水沢はそれには手をつけずに切り出した。

「ひとみさんは、いい子だと思っています。本当に素直だし、一生懸命頑張っているのも

わかっているつもりです。

でも大人のエゴを押し付けては、いないでしょうか」

「それは、どういう意味ですか?」

「それはお母さんが一番ご存知なのではないですか?」

「先生は何が言いたいのですか?」

「ひとみさんには、もっと相応しい学校があるんじゃないですか?」

「先生は、最近のひとみに吃音が出ているのをご存知ですか?」

「だから、ひとみさんに今の学校は無理があるんじゃないかと言っているんです」

「でも、二年に上がる頃には治まっていたんですよ。

先生はひとみを施設に行かせたほうがいいとおっしゃるんですね」

「いいえ、私はそうは言ってはおりません。ただ、ひとみさんの為にはどうしたらいいか、

それは、お母さんが一番お分かりになっているのではないかとお聞きしているんです」

聡子は、これは誘導尋問だと思った。

水沢は、ひとみの為と言っているが、本当にひとみの事を考えてのことだろうか?と

思った。人の為と書いて偽となる。

もうこの人は、ひとみの面倒を見る気がないのだと聡子は思った。

 それからは、何事もなかったかのように学校の話や、これからの行事についての話に

なった。

電話で何度も聞かされた、ひとみが他の子のペースに付いていけない話と同時に、皆に

面倒を見てもらい可愛がられているという話は、皆に面倒を掛けているということを暗に

言っているようで、聡子は素直には聞く気にはなれなかった。

 最近のひとみに元気がない話などする気は失せていた。

話しても何の意味もないと分かったのだ。

 冷めた紅茶を換えることにも気付かず、手作りの菓子を誉められたが、おみやげに

持っていってもらえばよかったと気が付いたのは、水沢が帰ってからだった。

 その日帰ってきた夫とどうしたらいいだろうか、ひとみにとってどうしてやることが、

本当の幸せになるのだろうと夜中まで話したが、結論は出なかった。

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