小説 美咲のウロウロ日記7

 

 美咲の話、いよいよ本番に入るとするか。

って、もう既(すで)に胡散臭(うさんくさ)いようなことを散々書いてきている。

 

 それを、みんな分かってはいるだろうが、改めて分かりやすくハッキリと書くことに

した。

美咲は生まれつき、何かの声を聞いてきた。

それが正しいかどうかは分からないが、美咲はその声を信じて生きてきた。

それは、美咲にとって、信じるとか信じないというようなレベルのことではなく

直接心に沁みて行く「あー、そだったんだぁ」「ふんふん、そういういうことですか」

という感じのものだ。

 声と言ったが、それは物理的な声ではない。

美咲は、本当の声を聞いたり、何か(この世にないと言われているもの)を見たことは

一度もない。

 では、その声がどういう風に聞こえるのかといったら、美咲自身にも説明がつかない。

それは、そういう気がするのだ。

そして、その時に感じたことは、その時によっての感情の後押しによって口にする

ことになる。

 が、その感情も、嫉妬や支配、優位に立ちたいなどといった感情ではない。

逆にそういう感情がある時は、話してはならないということを美咲は知っている。

 美咲の中には、葛藤がある。

(こんなことを話すのは思いあがりじゃないか、何を知ったかぶりをしてエラソウに

喋ってるんだ、分かった風に喋ってるけど、自分だって出来ていねーじゃねえか)という

気持と同時に、(人の領域に入ってはならない)という絶対的な縛りがな美咲の中にある。

 なのに、美咲がやることになる仕事(草引き)は、人の領域に入ることだと美咲は思う。

 

 美咲は事業主だ。

生活には困らない。

 美咲を羨ましがる人は多い。(お世辞も多いだろうが)

「どうしたら、オーナーになれるんですか?」と聞いてくる人は多い。

 美咲は思う。何でも聞く人と、なりたいという人はなれないことが多いんじゃないかと。

目の前に与えられたことを心を込めてやっていたら、なるようになっていく。と美咲は

思っている。

どんなことでも心を込めてその時その時を精一杯行っていたら、次の道が現れる。

生きて生活しているということは、今をどう生きるかということだと美咲は思う。

 美咲は、オーナーになりたいと思ったことは殆どない。

経営難だった会社に入り、潰れたら困るから一所懸命やってきたというだけだ。

美咲は、仕事はそう特別なことをすることではなく生活のタメだったりどうしても

やりたいという気持ちに後押しされ、本当にやるべきしなくてはならない事は、気が

ついたらやっているものなんじゃないかと思う。

 「やりたいことが見つからない」と言う人に会うと、何故か今を大切にしていない

ように見える。

先ずは目の前にあることを、心を込めて行えばいいんじゃないだろうか。

目の前のことに心を込められない人は、違う事が与えられてもやっぱり心を向けられ

ない気がする。

 美咲は「良く働く」という言葉が好きだ。

働くのも、良く働くと「傍(はた)を楽」にするんだそうだ。

 それも、傍を楽にするタメにという欲も忘れて、良く働いていたら傍が楽になる。と

いう。

 本末転倒という言葉があるが、結果を目的にすると道に迷い、逆の結果となる。

良い心がけを持って行えば、道に迷うことはない。

 

「なすべきことは、行為そのものであり、決してその結果にはない。

行為を行う時、結果を動機にしてはならない。

 また、無為に執着してはならない」というのが、ヒンドゥ教の教えにある。

 

 こんなに真面目で 地に足をつけて生きていきたい。と望んでいるのに、美咲は

何故か“草引き”をやっている。

「これって、どういうことなの?」

「こういうことしていいの?」

 と、50歳も半ばになった美咲は、未だに自問自答を繰り返ししている。

この夏の暑さも加わり、心身共に疲れが溜まっていた。

 そんな美咲に電話が入った。

師匠からだった。

 ひとしきり美咲の近況報告を聞いた後で、師匠が話し出した。

「ボクねぇ、最近、人の相談にのったんですよ。

そしたらねぇ、上手く解決ついて、その人喜んでお礼がしたいって言うんです。

『イラナイ』って言ったんですけど、どうしてもって言ってきかないから

『じゃ、5円チョウダイ』って言ったんです。

で、ボクもすっきりして嬉しくなって『食事行こう』って誘って行ったんですけど、

結局そこの支払いボクがしたから、ボクの方がソンしてるんですよ。

でもね、自分の力がホンモノかどうか分からないけど、若しあるんだとしたら、それを

使って誰かの助けになることが出来るんだとしたら幸せだなぁ。と思うんですよ」

 師匠は、美咲の迷いに気がついているようだった。

 

師匠が、“草引き”をしていることは知っていたが、美咲の家族に行われた以外は

それがどういう形で行われてきているのか美咲は殆どしらない。

 美咲がしてきた数々の“草引き”がスベテ違うように、師匠のそれも一つ一つ全部違う

ものなのだろうと美咲は思う。

 

 師匠がそうであるように、美咲が生活に困らないのも、自由があるのも、

「何か好きなことをしてもいいよ」ということなのかな。と美咲は思った。

 娘が幼い頃、小学校に上がる前だった。美咲に言った。

「お母さんは、好きなことをしていい数少ない人間の一人なんだよ。

だって、お母さんがやりたい。ってことは、キレイになりたいとか、お金が欲しいとか、

楽したいとか、自分のタメに欲しがることは何もないんだもの。

お母さんは誰かをやっけるタメじゃなくて、良くしたくてやっているから、

やりたいことをやっていいんだよ」

 

 美咲は、

「人間、迷っているうちは大丈夫さ、迷わなくなった時が危ないんだよ」という言葉と、

エミリ・ディキンスンが言った

「一羽の弱ったコマドリを助けて、巣に戻してやることができたら、

            私の人生も無駄ではなかった」という言葉を思い出した。

 

 

 

 

 misaki7.html へのリンク