水2 癌、家を直したい

 

 話がひと段落した所で、次の人が来た。

この人は、以前から定期的に店に来るお得意さんだ。

でも、ちょっと買い過ぎる気がする。

そこにはここの店が好きで、ここで買いたいという気持ちが強い気がする。

確かに彼女が言うように何処より安くて品揃えがあって、店の人達に親しみがあって

元気になれる。というのは事実だと思うが、ちょっと買い過ぎる気がして心配になる。

「ここに来たかったら遊びに来るだけでいいんだから。あんまりお金使わないで」と、

次々に病気になって金銭的にも精神的にも家族に迷惑を掛けていると話す彼女に言う。

 しかし、彼女は私に隠れて沢山の取り置きをし、それを取りに来てはまた何かを買う。

 

彼女は、乳がんから甲状腺、肺がん、リンパに移り今年大腸がんになって、それはそれは

辛かったという。

抗がん剤の投与でフラフラになってまともに話も出来ない時期もあったが、そういう

時でもここに来たいという気持ちは強く、自分の好きなモノを探す目は痛々しい位真剣

だった。

彼女が来るようになって何年になるだろう。5年前にここの店に来る前からだから

7,8年以上にはなる。

彼女は、ヨーロッパ的な貴族的なエレガントな品物が大好きだ。

そして、ガーデニングが好きで今は、医者や家族に止められているが、それでも、体調の

良い日はゴム手袋をして庭に出て土いじりをしてしまうのだという。

久方ぶりの来店に喜ぶ彼女の姿が愛しい。

私は、どういう訳か、どんな人でも自分の子供のようなお節介な気持ちになる。

グズグズ文句たれの人、皮肉屋のひねくれ者、自慢したくて話を聞いてもらいたくて

いる人、生活に疲れている人、何だか浮かれている人、人は話したい、聞いてもらいたい。

人はみんな、さびしがり屋でマヌケで優しい。

 

 その日、オープニングガーデンをしている所があった。

ガーデン好きの彼女に「行く?」と聞くと、二つ返事で喜ぶ彼女を車に乗せた。

ガーデンに向かう車の中でガーデンに着いてからもファンファーレのように話が弾む。

晴天、心地よい風、広い敷地に様々なハーブから花々が咲いている。

でも、私は彼女が目の前のモノを見ていない気がした。

過去の話と、亡くなった人の話、「私の実家ではね」亡くなった「母は…」「父が…」

「伯母が…」そして「私はこれから、こうしたいの」と話す彼女は、今、目の前の草花も

風も空も見ようとせず感じていない気がした。

彼女を家に送りながら、彼女の話を聞く。

「一度しかない人生だから、後悔しないように、やりたいようにやって死にたいの」

「家が気に入らないから直したいの」家族は、賛成していないらしい。

 庭も気に入ったように直したい、塀も壊してオープンガーデン風にしたい。

北側にある台所を南に持ってきて、リビングと一緒にしたいの。と、毎日の家事もまま

ならない彼女が嬉しそうに話す。

「あたしのこの案、麻子さんはどう思う?」

「ん〜、よく分からないけど簡単に出来ることからやったらいい気がするなぁ」

「どういう風に?」

「南の日当たりの良いリビングの部屋を片付けて、その一番日当たりが良い所に座り心地

のいいソファーを置く、横にテーブルを置く」

「そこにトレーに乗せた食事を運んで食べたら、カフェみたいじゃない?」

「あら、ステキ」

台所を南に持ってきたら家事が楽しくなると彼女は言うが、家事は近くに住む娘と単身

赴任で時々帰宅する夫がしている。

そして、洗濯が干され荷物が置かれていたその部屋からは彼女の好きな庭が見渡せる。

「ガーデニングは、今まで集めた物を組み合わせて置いてみたら面白いんじゃない?」

彼女の庭には今まで買い集めた素敵な鉢やオブジェが草の間に転がっていて、ポットに

入ったままの花やハーブの苗が忘れられていた。

「無理して庭を全部キレイにしようとしないで、そこから見える所にあなたの好きな花や

今までに集めたオブジェ達をレイアウトしてみたら面白いんじゃない?」

「そうね、でも私やり始めると止まらなくなってその後で何日も寝込んでみんなに迷惑を

掛けてしまうの」

「きっと、それも含めてが、今のあなたのテーマなんじゃないか。って気がするな。

少し、ほどほど、無理せずに楽しむ。自分を大切にする。

今、あなたの所に在るモノ(物品だけでなく、家族、自分)を丁寧に、大切に、利用し

ていく。

あなたには、あなたの宝物が沢山眠ってる気がするんだけど」

 

 人は、ないモノねだりし出すと、在るモノへの感謝(喜び)を忘れてしまう。

私は、今あるモノを大事にして来るべき時に次がやってくる気がする。

 

 本当は、彼女の庭を手伝ってみたかった。

何だか面白そうな物がゴロゴロしてるんだもん。

 でも、それは言わなかったし何一つ触りもしなかった。

それが礼儀だ。

 

 彼女を家に送る前に、以前オープンガーデンをしていた人に出会った。

今から来ても良いということで、二人でお邪魔した。

 そこで急に玄関に置かれていた睡蓮鉢を譲ってもらえることになった。

メダカの鉢を探していた私にとって、瓢箪からコマ、棚から牡丹餅で、小躍り状態。

 使われてなかった鉢からは黒い腐った水が流され、私の車に乗った。

 

 今、鉢の中でメダカが泳ぎ、毎日卵を産んでいる。

メダカの水は、自分で出来上がって透明になっていく。

メダカも自分の力で生きて、時期が来るとバンバン卵を産む。

環境を整えたら、人(他人)は、手(ちょっかい)を出さない。

それが礼儀だと私は思っている。

 

 

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