オカッちゃん

 

 キヌの同級生に、オカッちゃんという友達がいる。

戦争の影が濃い時代に生まれた者に、勝という字を使った名前は多い。

キヌのクラスにもオカッちゃん、カッコちゃん、カッちゃん、カツヨさんと女だけでも

4人もいる。

 その中でもオカッちゃんは、キヌと同じく貧乏で、幼い頃から勉強する暇もないほど

家事や農作業にかり出され、成人を迎える間もなく結婚した。

しかし、十年もしないで6人の子供を残して夫に先立たれた彼女は、

当時小学校に上がったばかりの子を頭に乳飲み児までをぞっくりと抱えて、テキヤになっ

た。

 まだ20代だった彼女にテキヤなんかになってと言ったら怒られたが、やはりヤクザな

商売だからこそ女手一つで6人もの子供を育て上げることが出来たのだろう。

「男の人にもチョッカイを出されたことがあったっぺ?」と聞く人がいたらオカッちゃん

を知る人も、当のオカッちゃんも、アハハと笑ってしまう。

オカッちゃんは、本人も笑う程愛嬌のあるといっていいのかどうか、ブルドックと

チンのかけ合わせと言ったら想像がつくだろう。

 身長は140センチそこそこだが、その分、腕の太さと体力は誰にも負けない。

 

“同窓会”にて

「6人の子供を全員人にして、今が一番幸せなんだ」と、正月の3日に行われる同窓会に

久しぶりにやって来た。

 その時のオカッちゃんの姿を、キヌが身振り手振りで語って聞かせる。

髪はパンチパーマでしっかりと頭に引っ付き、それをヘアーマニキュアで紫に染めた姿は

最初ちょっと度肝を抜かれたが、みんなで飲み食いしながら話していくうちに、何だ、

昔のオカッちゃんとちっとも変わっていないとホッとしたのだ。

「テキヤって面白いよ。うどん粉をバケツに入れて泡立て機の親玉みたいなのでかき混ぜ

るんだよ。野菜なんてろくすっぽ洗わねえで、包丁で片っぱしからザクザク切ってさ、

祭りの前の晩に用意しとくのさ。

祭りの日の朝早くに屋台作って、材料運んで、いい場所取るにはいろいろあって大変なん

だけど、材料代なんてたかがしれてんだよ、バンバン売れると面白いように儲かんだよ。

それで子供ら育てられたんだよ」とオカッちゃんは言う。

「でも子供らが小さい頃は大変だったよ。

赤んぼオブって、1人は小学生だったけど、まあだ学校に上がっていねえ子供4人引き

連れてさ。

いろいろ運ぶのもリヤカーだったから楽じゃなかった。

冬は寒くて、んだけど皆でくっいて屋台やってると火もつかうし、少しは寒さがしのげん

だ。そんでもって、子供が居るとお客さんが同情していっぱい買ってくれんだ。

有り難いよなあ。人にはどれだけ助けられたか分かんねえよ」

「その子供らも、もうすっかり大きくなって一人前になって、末の娘は美容師になったん

だ。この頭はその娘がやったんだよ。

お母ちゃんこんな頭はどうだっぺ、つって人の頭、実験台にすんだよ。

金だのピンクだのにも染めてくれて、他の子供らはお母ちゃんオウムみたいだって笑うん

だよ」

宿の浴衣を着たオカッちゃんの顔は、若い頃より見よくなって、風呂上りのホッペタを

ピカピカさせて、嬉しそうに話しながら、キヌにこっそりバックの中を見せてくれた。

 その中には「オモニ、千円札だったげど、丸まったような札がゴッチャリ入ってだわ」

とキヌは言った。

正月の3日に行われた同窓会のその日まで、出店で稼いでいたアガリが入っていたのだ。

その日、オカッちゃんは、(元気で、幸せそうで良かったなあ)とキヌは思ったという。

 

“電車”

それから、二、三ヶ月して、キヌは町でばったりオカッちゃんにあった。

人というのは、会わない時は何年でも会わないのに、会い出すと立て続けに会ったりする。

「あれー。オカッちゃん!」とオカッちゃんの姿を見つけたキヌは大きな声で呼び止めた。

「あれ、キヌちゃんこんにちは」と言ったオカッちゃんに、元気がなかった。

「なによー、どうしたんだよお。元気ねえんだねえの?」

「んー、そんなことねえよ」と言ったが明らかに覇気がないオカッちゃんを、キヌは茶に

誘った。

そして、どうして元気がないのかを聞き出したのだ。

そしたら、ついこの間、東京から帰るのに電車に乗ったのだという。

そこに同級生の松子さんが乗っていたのだという。

「あだし、キヌちゃんにこう言っては何なんだけど、あの人あだしらと違って金持ちで

勉強、出来たっぺよ」

「うん」

「昔っからあんまし話したこともながったし、遊んだごどなんて一ぺんもなかったっぺ?」

「うん、あだしら遊んでる暇なんてながったしなあ」

「そんで、あだし緊張しっちゃったんだよ。

すぐに離れれば良がったのに、何だかそれも悪いような気がして…。

あだしきっとかで、なんぼかベーラベーラ、うっさくしゃべったんだっぺな。

その後で、カッちゃんに会ったんだよ。そしたら松子さんに会って

電車でオカッちゃんと一緒になって、大きい声でずっとしゃべられて頭が痛くなって

具合が悪くなったって松子さんがゆってたって聞かさたんだ。

そしたら、悪いことしたなあと思って自分が嫌になちゃったんだ」

「そんなごどゆうなよ、オカッちゃんの話は面白いぞ。

あだしだったら、電車ん中で退屈しねえで、喜んじゃうんだけどなあ。

あの人は上品だからなあ。オカッちゃんよ、今度っからは人みてしゃべっぺ」

「そおだな。んでもキヌちゃんに会って良がったよ。元気が出た」

「そおが?!あだしもオカッちゃんのあんな顔見たら、気になってスッキリしねえがらよ」

「ん、ありがとな。ホントにキヌちゃんに会えて良がった」

 

1994年作

    毛糸の話はその2年後

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