パーマ屋さん(ムカドン)

勇蔵の母親キヌが、父親と共にやってきた。

勇蔵の妻は、買い物に出ていて留守だった。

妻が留守で良かったと勇蔵は思った。

母親は大鍋いっぱいに、けんちん汁を作って持ってきた。

母親は確かに料理が上手い、しかし、必ず一言多い。

「ほら、勇蔵の好きなけんちん汁、持ってきてやったぞ!」

「あー、ありがとー」仕事の途中だったが、勇蔵は茶の間に出てきてお茶をいれた。

自分も一服したいと思っていたところだった。

「これだけあれば、何にも作んなくても栄養失調になることは、あんめえ」

と母親は言った。

勇蔵は、貰い物の菓子を出し、葬式で貰ったお茶をいれた。

キヌは、自分で作ったという手編みのカーデガンを着ていた。

父親は、アラン模様だとかいう母親の編んだベストを着せられ、よく似合っていた。

それを勇蔵が誉めると、何度も聞いている話が始まった。

「お母ちゃんは、むかーしっから手先が器用で、何か手に職をつけたかったんだあ。

物はなくなっちまうげど、身に付いたもんは絶対なくなんねえからなあ。

 学校が終わる頃、先生にも言われたんだ。キヌさんあんたは、手先が器用だから

 パーマ屋さんになったらいいんじゃないかって。

そんで父ちゃんに先生がら話してくれるって 言われたんだけど、自分で言うからいいで

すって言って自分で父ちゃんに言ったんだよ。

 そしたら、父ちゃんにこっぴどく怒られて、家ん中に垢取り(あかとり)の仕事した

もんは一人もいねえって言われたんだよ。垢取りだとよ。

そんで金もねえくせに満足に働きにも出してもらえなくて、十九でろくに会ったこども

ねえおめえのお父ちゃんと結婚させられて…。

 あーあ、お母ちゃんもパーマ屋の免許でも取ってたら、今頃は御殿のような家に住んで

使用人使って暮らしてたな。

でも、そうなったらお父ちゃんとなんか結婚してなかったがら、勇蔵おめえは生まれて

いながったな!」

勇蔵は、何度聞いたか分からない母親の話を聞きながら、その隣にちんまり座って

黙って聞いている父親を見ていたら、何やら腹が立ってきた。

「お母ちゃんよ、お母ちゃんは美容師にはなれなかったな」

「何でだよ、手先の器用なもんつったら、お母ちゃんの右に出るもんはいねえぞ」

「残念でした。美容師ってのは、手先の器用さだけじゃねえんだぞ。

人当たりの良さってのが、命なんだ。

お母ちゃんは、人の話黙って聞いてることは出来ねえべ、お母ちゃんは口は堅いが、

人の話をはい、はいって聞くのが何より苦手だっぺ?!

それに、お母ちゃんみたいに貴賎病み(きせんやみ)なモンが臭いような人の頭触れん

のか?」

母親は、異常なキレイ好きで自分の亭主の耳掃除さえ嫌がり、以前は勇蔵がやってやっ

た、最近は耳毛が伸びて困るという父親の耳掃除を、勇蔵の妻がやっているのだ。

勇蔵も神経質なところは異常に神経質で、ご飯を食べる前にお箸の臭いを嗅いでは、

よく母親に怒られたが、母親のキレイ好きと勇蔵の神経質は種類が異なり、

勇蔵から見ると母親のキレイは形だけのような気がしている。

「お母ちゃんは、フケだらけの頭だの口が臭い人の頭を、人の話を黙って聞きながら

チョキチョキ出来んのか?」

母親は、体臭のキツイ人や歯が汚い人の近くに居ると「オエっとなっちゃう」と言って

食事会などに行っても食べずに帰ってきたりするのだ。

「かんまねえ!マスクしちゃうから」

「ばかだなあ。臭いのは相手の口だぞ、自分がマスクしたって臭うべよ。

それに汗臭い人だの、体臭がキツイ人はどうすんだよ!?」

「いいよ、そんなら店にお風呂用意しといて、お風呂でよーく身体を洗って、歯を磨いて

から、チョキチョキやります。ってことにするから…」

「あっ、それはいい考えだな」

「勇蔵よ、頭つうのは、生きてるうちに使うんだよ。

案外そういう店も流行っちゃうかもしんねえぞ、 風呂代は別に千円でも貰うんだよ」

「んだけどお母ちゃん、見た目のキタナイより目に見えないもんの方がおっかないんだぞ

 その人が、何か病気持ってたらどうすんだよ」

「そんなこと言ってたら、生きていけねえよ!」

「んじゃ、お母ちゃんはそれでもいいんだな!?」

「んー、考えてみっぺ」

「はい、勇蔵の勝ちー」とそこで、ニコニコ顔のお父ちゃんが言った。

「お母ちゃんよ、お祖父さんが、お母ちゃんがパーマ屋になること反対したのは、

お母ちゃんのこと、よーく分かってたがらじゃねえのかなあ」

「うーん、そうかも知んねえなあ」

お母ちゃんの横でお父ちゃんは、ずっとニコニコして聞いていた。

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