サーファー

 

 バブル景気真っ盛りの頃、美咲の店も景気上々でバリ島で仕入れをしてきた。

20フィートのコンテナで納める筈だったが、安くて良い物に出くわし家具にも手を出し

たものだから40フィートコンテナにイッパイになってしまった。

 夏が終わるころには、その品物が届く。

でも、そんな大量の品物を、どーこに置くんじゃー!と、いくら行き当たりばったりで

のんきな美咲も焦りを感じた。

 そこで、写真を見せての予約販売をして商品が届くと同時に納品出来るようにした。

 

 そんな夏のある日、一人の男が店にやってきた。

例の塚石が、「美咲さん、何だか怖そうな感じの人が来てます」と美咲を呼びに来てその男

ノブとの対面となる。

 男は、190センチ近くはあろうかという大男で色黒の筋肉質、髪はドレッドで

アロハシャツ、皮のサンダルを履いていた。

 何となくヤクザのニオイがした。

そういうニオイの人と会うと美咲の何かにスイッチが入る。

 でも、(自分は商売人なんだからな!)と平静を装って挨拶して話した。

ノブは、これから店を出すことになりそこで使うテーブルと椅子が欲しいのだが、普通の

物じゃなくてバリ風の物が欲しい。のだという。

 店でバリ家具を予約販売していることを知って来店したのか?と思ったが、知らない

で来たという。

 家具の写真を見せて、トントンと話が決まる。

テーブルと椅子が大小20組。

 それに、バリのお面や布など小物類もここで決めたいという。

思う通りの物が見つかった。とノブは手放しで喜んだ。

 ノブは、笑うと子供みたいに無邪気な顔になった。

 

 美咲は、ノブとは距離を保とうと決めていたのだが、何故かノブはそれまでの人生を

語り始めた。

ノブが幼い頃、父親が女を作って居なくなったこと。

母親が女手一つでノブを頭に3人の子供を育てたこと。

 弟が引きこもりになったこと。

彼は、自分の人生は自分の手で切り開くんだと言った。

 それまでにしてきた世間では認められない稼ぎの話もした。

でも、今は結婚して幼い子供も二人居る。

 店も持つことになって、これからはちゃんとした生き方をするんだ。と言った。

そして、封筒に入った100万円を出し、預かってくれと美咲に言った。

 美咲のモットーは、貸し借りないのは長者の暮らし。品物とお金は引き換え(物々交換)

心残りや約束は極力作らない。宿題を作らない。だ。

「だから、お金は預からない」と言ったのだが、ノブは頑としていう事を聞かない。

根負けした美咲は、お金の入った封筒を受け取った。

そして、黙っていようと思っていたことを口にした。

「あんた、早死にする影が見えるから気を付けなね」

「やっぱり?

前にも占いをする人にそう言われたんです」

「んー。

そういうことを予言みたいに言うの、好きじゃないんだけど、気を付けるに越した

ことないから」

「自分もそうなる気がするんですけど、回避する方法ってあるんですか?」

「運命は決まってるっていうけど、なったことは運命だけど回避するのも運命なんじゃ

ないかと思うんだ。

何故イヤなことを言ったかというと、あなたの生き方次第で良いものを引きよせて生きら

れると思ったから」

「どうしたらいいですか?」

「これは、私が妄想(もうそう)して勝手に作り上げていることかもしれないと思って

聞いて、私も分からないんだから」

「はい」

「んー、家族を大切にすること。

先ずは、今の奥さんと二人の子供。この人たちを悲しませるようなことをしない。

あと、親孝行。これは、あなたが地に足付けて幸せに生きること。

それさえ守って生活すれば、大丈夫だと思う」

 自分を本当に思ってくれる人を蔑(ないがしろ)にして、目先の楽しいいことや面白い

ことに飛びつかないように。とも言いたかったが、あまり沢山言うと大事なことを忘れて

しまう。

 そう考えて美咲は、話を終わりにした。

 

 この、最も身近な家族を大切にすることが、人の幸せの基本になるんじゃないかと美咲

は思う。

 大切にするというのは、ただ形で親切にしたり過保護にすることではなく、敬意

(リスペクト)を持つということだ。

 しかし、それが出来ない仕組みで家族ってやつは結ばれているんじゃないかと美咲は

思う。

 でも、出来ない仕組みは、努力して行う為にあるんだと思う。

 

 それから、家具が届くまで、いや届いて納品して用事がなくなってからもノブは美咲の

所へ来た。

人の生き方や商売の基本を聞く男に、美咲の生き方を語った。

人の気持ちを考えて真心を尽くすこと。

 そうしたら、店は繁盛する。でも、繁盛させるためにそれを行っているうちは半人前で

繁盛させるためを考えず、ただお客の気持ちを考えて真心を尽くすことだけに一心になる

こと。

 

 何年かして店に固定客が付いて安定してきた頃、ノブが隣町のスナックのママと暮らし

始めたという噂を聞いた。

その頃には自分の店にも、美咲の所にも顔を出さなくなっていた。

 

 そして、もうすぐクリスマスという日の夜更け、店の前に続く国道でノブは亡くなった。

自爆だった。

 

「自分にとって都合のいい人とばかりつるむなよ」と美咲はノブに言ったが、ノブは

弱い者の面倒をよくみた。

 この人だと信じると、トコトン尽くすタイプだった。

父親が困っていると聞いて店のお金を渡したと聞いた。

 

 師走に残業をしながら、美咲はバイトで来ていた若者にその話をした。

美咲は、若者にノブと同じニオイを感じていた。

 ノブの名前は言わないで話したが、若者が「それってノブさんのことじゃないですか」

と言った。

「そうだよ。何で知ってるの」と言うと、若者は心が荒れてやんちゃしていた時にノブに

助けられたという。

「自分、サーファーをしてるんですけど、その最初のボードはノブさんから貰ったもんで

今も大事にしてるんです」

 

 そして「あれっ?」っと言った。

「何?」と美咲が聞くと

「今日がノブさんの命日じゃないですか?」

「えっ、そうなの」

「確かそうです。

俺今日、亡くなったトコにお香あげて帰ります」

「そうかぁ、じゃ私の分もあげてきてくれる」

「いいっすよ」

 

「ノブさんは、サンダル(白檀)の香りが好きだったんです」と言って若者は帰って

行った。

 

 

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