さかなくん

 最近のテレビでよく見かける“さかなくん”はこんなに世間に知られる前に、我が家

では“オヒョー”と呼ばれていた。

 あれは、我が家の子供たちの反抗期が始まった頃だった。

現在29歳と27歳になる子が、ってもう子じゃねえか。

 そいつらが、小学生か中学生だったと思うんだけど、殆ど一緒のテレビは見ないのに

ТVチャンピオンっていう番組だけは、一緒に見た。

 当時の最新型のハイビジョンのテレビを買ったころだったっけ。

テレビは110万円もしたが、ようやく仕事が一段落して経済的にも時間的にも一息

ついた頃で頑張って買った。

 日曜日の8時からだったと思うが、色んなことの知識や経験、感性感覚を研ぎ澄まし

た人達が次々と出てその知識や技術を競い合うその番組は、心や趣味考えが離れ離れに

なってきていた家族が、全員で楽しめる数少ないものだった。

 その時だけは、みんな機嫌が良くて話も沢山出た。

 

 その中で一番人気だったのが、“オヒョー”だった。

さかなチャンピオンという題名だったか、兎に角、魚に関する問題を次々とクリアー

していき、最後に残った二人が対戦してチャンピョンが決まることになるという番組

だった。

 その日、最初にオヒョーを見た瞬間から、家族全員がオヒョーの応援者になった。

まだ学生風なその男の子は、魚の名前特徴、特性からその味に至るまで普通ではない

知識を持ち、それらを見抜き判別する感覚、感性を持っていた。

 その表情や受け答えが、突き抜けていた。 

こいつは普通じゃない!と家族の意見が一致した。

決勝戦で「最後まで戦い抜いた」と、そう説明があった。

「最後まで生き残った二人の決勝です。この中に入っている魚の名前を当ててください!」

練り物に封じ込められた、何か分からない魚の名を当てる。

 それは、まるで訓練された犬が犯人のニオイを嗅ぎ分けるような、自分たちには分から

ない世界のような気がした。

 

 それを口にした瞬間、彼が叫んだ。

「オヒョー!」

あの甲高い声で…。

 おー、わー、という歓声が聞こえ、テレビの前の家族も興奮し、喜んだ。

それからも、オヒョーの話題が度々出た。

 二人の子供たちは、機嫌の悪いことが多く、何を言っても私が彼女らを非難しようと

していると思うらしく疑心暗鬼の顔つきになるのが常だったが、オヒョーの話になると

以前の疑いもない屈託のない目になった。

 夫も魚好きで子供たちも魚好きだが、とてもオヒョーには敵わない、足元にも及ばない

と、たった一度のテレビ出演だったが、私たちの脳裏に強く刻み込まれた。

 夫が、「オヒョーって魚知ってるか?」と聞いた。

私たちは分からなかったが、「ひらめを更に大きくしたような白身の魚だよ」と言い、

「それにしても、オヒョーを知ってるだけなら兎も角、練り物に入っててそれが分かる

なんざぁ、只者じゃねえな」と魚には絶対の自信を持っている夫が感心した。

 

暫くして、何年かしてからかなぁ、テレビを見ていた子供が叫んだ。

「オヒョーだ!オヒョーが出ているよ!」

朝の番組だったか、動物番組だったか忘れたが、そこにはオヒョーが出て魚の説明をし

ていた。

 それを、家族全員に話し、みんなでオヒョーとの再会を喜んだ。

本当はみんな、心の底でオヒョーを心配していた。

大きなお世話なのだが、ああいう人は普通の社会には受け入れられないんじゃないだろ

うか?

 何かを好きな度合いが、普通を付きぬけ、そこにまい進している人をオタクと呼んだり

する。

オタクの何が悪いのかと思いながらも排除されることは多く何かと生きにくい気がする。

オヒョーはどういう風に生きていくんだろうか?と、自分も家族達も満足じゃないクセに

勝手にオヒョーの行く先を心配し、案じていたのだ。

 それが、テレビに出て魚について話していた。

「きゃー、魚って可愛い!」と甲高い声で話すオヒョーを見て、

「良かったー、オヒョーが受け入れられて、魚を語って生きていけるのはテレビや芸能界

だけかもしれないよね」と子供たちと一緒に、本気で喜んだ。

 

 日本の社会、って日本だけじゃないかもしれないけど、普通を突き抜けていたり、

表現方法が普通と違っていたりすると、みんな引くんだよね。

 だから、そういう人たちは外国に行ちゃうのかもしれないと思う。

外国だったら、自分が生まれ育ったところじゃないから理解されなくて当たり前と思って

淋しくないし、期待しないんじゃないかな。

 でも、期待していなかったのに、そのままの自分を見て受け入れられ、永住する人も

多いみたい。

 まあ、その場所によるんだろうけど、ここは居心地が悪いって見放される人や家庭、

国や社会って、ある意味“敗北”って気がする。

 あー、この人が居て良かった、この家庭に生まれて良かった、この人と一緒になれて

良かった、この国に生まれて良かった!って思われる、思える自分になりたいなぁ。

 

 オヒョーはその後、さかなくんの愛称で呼ばれるようになったけど、私の中では

やっぱり、オヒョーなんだ。

 

♪毎日、毎日、僕らは鉄板の、上で焼かれて、嫌になっちゃうよ

  ある朝、僕は店のオジサンとケンカして、海に飛び込んだのさ

 毎日泳いだ海の底、とっても気持ちがイーもんだ♪

 それから、塩水ばかりじゃふやけてしまうから、岩場の陰から食いついた海老だった

けかなぁ?で、釣り上げられて、焼かれて、食べられたのさ。

                        およげタイヤキ君

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