白い手

 

  冬の気配がしてきた頃だった。

また、何だか一緒にお茶を飲むことになった二人が居た。

 その二人は、同じ介護の会社に勤めているということだった。

同じ会社といっても、梅子は現場で老人介護をしていて、華子は事務局の方で働いてい

るということだった。

梅子は、地味な感じの人で、華子は、華やかな雰囲気を持った人だった。

最初に感じた通り、梅子は女手一つで子供を育てあげ現在も、その会社で働いて自分の

稼ぎで暮らしているということだった。

 華子は、美人で家庭も裕福そうで、娘と、息子に嫁と孫がおり旦那さんも優しそうな

感じの話だったが、

「何も私が働かなくたって暮らしていけるし、もう働きたくなくなってきているの」と

言った華子に、何だか失礼なものを感じた。

そこで、「私の所には、亡くなった人が来るのよ」と言ってみた。

案の定、華子は「うわっ、嫌だ」と眉をひそめ恐怖と嫌悪を顕にした。

恐怖と嫌悪ってのは、似ていると私は思う。

そして、人を恐がる人程、失礼な態度を取る気がする。

「どうして?自分だってイズレ必ず、死ぬんでしょ。

綾小路君麻呂も言ってるけど、人間の死亡率は100パーセントなんだから、

まあ、死ぬのは人間だけじゃなくて生きもの総てだけどね」と私は言った。

「でも、怖いわ。あたしは普通の人間だから」

「普通ってどういうこと?じゃあ、あたしは普通じゃないっていうの?」

「だって、見えるんでしょう?」

「見えたことはないわ、ただ気配を感じるの。

それって私の感違いか思い込みかと思うんだけど、飼ってる犬が私が感じている所を

見たり、そこを吠えて追いかけたりするの」

「うわ、怖いわ」

「私は怖いことはないと思う。

でも、面白がったり、興味本位でチョッカイを出してはいけないことだと思う。

去年は、闘病生活が終わって死んだ人が、彼のお通夜の晩にお別れに来てくれたよ。

その日に、その人が亡くなったって聞いて、そーかぁ、彼も楽になったんだなぁって

思って、夜に風呂に入ったら風呂のドアを開けてきたの。

あっ、全然嫌らしいことはないからね。

お風呂からあがったら、何時もは殆ど吠えない犬が、ワンワンいって家中走り回って

ウチ、二階が住まいなんだけど、その時、蕎麦を持って上がって来た夫が

「どうしたんだ?」って言うから「今、Sさんが来てくれたんだよ」って言ったら

「そおかぁ、じゃあ、一緒に一杯やろう」って、旦那がコップを一つ多くもってきて

献杯したんだ。

そしたら、その次の日は夫が仕事の出張で居なかったんだけど、また彼が来て

風呂のドアを開けたから「今日で終りね。何時までも未練を残したらダメだよ。

往くべき所に往ってね。Sさんは死んだんだよ」って言って、その日は酒のコップを

用意したんだけど、次の日も気配を感じて、だけどなかったことにして冥福を祈ったの」

「うわっ、怖い」

「どうして?生きてる時は仲良しで大好きな友達が、死んだ途端に怖いモノになるの?

夫も言ってたけど、彼がお別れに来てくれたんだったら、嬉しかったよ」

「でも、それって普通じゃないから」

「そうなのかなぁ、普通じゃないのかもしれないけど、もう一度聞くけど普通って何?

生きていることは普通で、死ぬことは普通じゃないの?

あなたは死なないの?」

 なーんて突っ込んでいたら、

「あたし、この間、初めて金縛りになったんです」と彼女が言い出した。

「この秋口に、Fの滝に友達とドライブに行ったんですよ。

そしたら、何だか山道に迷ってしまったみたいで、同じ所をグルグル回っちゃって、

私の車を友達が運転していたんだけど、いくら走ってもまた同じ道に出てしまって、

3回目に同じ所に出た時、私、友達を怒鳴りつけちゃったんです。

何だか後ろの座席に誰か座っている気がして…。

 その夜に、布団に入ったら、金縛りになったんです。

そしたら、足元に白い手が出てきて私の両足首をつかんだんです。

もうアタシ怖くて怖くて、隣に寝ているお父さんにタスケテ、タスケテって言っていた

んだけど声が出なくて」

「そう」

「それなのにお父さんたら気が付かないでグウグウ寝てて、次の朝になったら、何だか

夕べはウナサレテタね。なんて暢気なこと言って、腹が立っちゃった」

暢気なのは、それを話してる華子本人なんじゃないの?と思いながら華子の金持ち

オーラは、このピントハズレの暢気さなのかもしれないと私は思った。

「その後で、足が痛くなって捻挫みたくなって病院に行ったんだけど、異常がないって

言われて、でも、もう1ヶ月位経つのにまだ調子悪いんですよ」

「あなたは、また金縛りになるかもね」

「えっ、嫌だー、怖い!」

「ならない方法教える?」

「うん、教えて」

「あのね、何かが起きた時、お父さんや誰かに助けを求めるんじゃなくて、自分の腹に

力を入れるの。

ぐっと腹の底に力を入れて、そして、エイって気合を入れるの」

「それだけ?」

「そう、それだけ。怖いと思った時に、『あー、怖い、怖いよー、誰か助けてー』って

自分でパニックにならないこと。

気をぐっと腹に溜めて、『エイ!』それだけでオーケー。

でもさぁ、あなた自分のこと普通だ普通だって言ってるけど、結構、勘強いよね、

勘がいいんじゃないの?」

「ええ、まあ。

実は、家の嫁の祖母って人が霊感が強かった人で、表立ってじゃないけどイロイロ人を

助けた人らしいんですよ」

「それって、あなたの息子さんに同じ要素があるから惹かれあったんじゃないのかなぁ」

「ええ、娘もイロイロ感じるみたいで、だから私が金縛りになったって言ったら

『お母さんもようやくなりましたか』って言われたの」

「あなたも同じタイプの人よね」

「今年の夏に家族みんなでお墓参りに行ったら、3歳になる孫がオバアチャンが居るって

言ってきかないの。

そんなこと言わないのって言ったんだけど、夫の実家に行ったら鴨居に飾ってある写真

見て、このオバアチャンだって言うのよ」

「ふーん」

 

華子は、今の仕事で自分は認められていないのだという。

仕事をしていることは好きなのだが、自分は一所懸命やってるつもりなのに上司が文句を

言ってくるので、辞めようかと考えているのだと言った。

 それを聞いていた梅子が、

「それは、上司が華子さんをかっているからよ。

期待しているからこそ、イロイロ言ってくるのよ。

私なんか、何かあったら言ってください改善していきたいからって言っても、何も言って

くれないのよ」と言った。

「でも、仕事だけじゃない用事まで言いつけられるのよ」

「どんなこと?」と私は聞いた。

「ほら、年寄り相手の仕事だから、お通夜に行ってくれとか、何処かのお線香上げに

行ってくれとか、でも、私嫌なのよね。

そういうトコに行くと必ず調子が悪くなって、風邪引いたり喉が痛くなったりするんだ

もの」

「何で調子悪くなると思う?」

「行きたくないからかしら」

「そういう所に行かせて頂く心構えが出来ていないからじゃないかと、私は思うな」

「どういうこと?」

「失礼だったら、ゴメンなさいね。

そういう所に行くとき、面倒くさいなぁ、何で私が行かなくちゃならないのよ、

また調子が悪くなったら嫌だなぁ。って思って行っていない?」

「そう、その通りよ」

「それって、失礼だよね。

ご焼香させていただくにしても、お線香をあげさせていただくにしても、その人の冥福を

祈って、その人を偲ぶために行くんじゃないかな。

それが、面倒くさいと思って上司に命令されたからって仕方なく形だけで行くんじゃ、

故人は来てもらいたくないんじゃないかな」

「そうだわねぇ」と、華子は気分を害すことなく素直に言った。

 

 梅子は、「私は堅物だって言われるんですよ。仲間付き合いが下手だって、

でも、仲間に気を使っているとお世話する方の方に気持ちが行かなくなっちゃうんですよ。

不器用なんですね。

 だけど、以前に一緒に組んでいた人に嫌われて意地悪とかされて、自分の性格が悪い

からだと思っていたんですけど、その人違うグループになったら、

『あの時は、真面目なあなたにムカついて意地悪したけど、やっぱりあなたの言うことが

正しかった』って言ってきて、それから何かと相談してくるんです。

担当のお年寄りが、『あんたはキツイ、違う人にしてくれ』って言うから担当変わったら

『やっぱり、あんたが良かった。あんたに戻してくれ』って泣き付いてきたりするんです」

と言った。

 

 梅子に華やかさは感じなかった。

でも、信頼出来る何かを感じた。

自分が面倒を見てもらうんなら梅子がいいな、と私は思った。

 

 siroite.htm へのリンク