葬式

 

 和子の夫は世間の人におとなしいと言われる。

やさしい旦那さんでいいわね、はセットで言われる言葉だ。

それをそのまま誉め言葉として受け取るか、不甲斐ない男だと言われていると思うのかは

その時の状況によって大きく異なる。

しかし、どういう訳か、和子は夫が誉められてもけなされても

「いいや、貴方は夫のことを分かっていない。」と思う。

そう思ってしまうのだから仕方がない

 

秋も深まってきた頃

夫が、近所のお葬式の手伝いに行くことになった。

「やだなー、うちの常会はうるさくて文句が多くて、お前は仕事が休めないって

俺にばっかり押しつけてんじゃないのか!?」と夫がブツクサ言って出かけていった。

 

「洗濯物を干して、朝食の片づけをして、ゴミを出しながら出かけようとしている

私に、なに言ってんだろうね。」と、

職場に走りこみ、熱いお茶を飲んで、やっと一息ついた和子が、

女ばかり5人の仲間にちょっと面白そうに話し出した。 

「全く、男って楽よね、文句言う暇があるなら手を動かせっての!

女がいくら忙しくても横でぐずぐず言うだけで、何か手伝おうって考えは起きないのかし

らね?

「ほんとよね、うちの人なんかあたしより先に家に帰ってるんだけど、

あたしが家に入るが早いか、めしはないのか?って言うのよ。

あたしは手品師じゃないっていうの!

なんで亭主より後に帰って、ご飯の用意が出来てるわけがあるのよ!

「ほんと!手品つかいたいくらいよね。

大体、男って自分の仕事は重要で、女の仕事は片手間みたいな感覚ってない?

「あるある、だから男はいくら休みが取れる状態でも、何でも女房にやらせようとする

んだわ」

「全く!どれだけ女が大変か、一週間でも女の仕事やってみたらいいのよ!」

「でも、女は強いわよね、神様だってあんまり女が強いから腕力を取り上げて、

それで、女は男より力が弱くなったんだって聞いたことがあるわ。」

「えー?女が非情で冷酷で残忍だったから力を取り上げたんじゃなかったっけ?

「ばっかねえ、あなた、それじゃ墓穴じゃないのよ!女を悪者にしてどうするのよ!」

「はっはっは・・漫才はそのぐらいにして、さあ戦闘開始だよ! 」

和子の職場は、明るく気のおけない人達ばかりで良い職場だと皆思う。

ただし、仕事の体制に入ったら真剣勝負で、気を許してはいられないのだ。

毎日、次々と仕事をこなし、あっと言う間に一日が過ぎる。

 

その翌日のお茶の時間に

「あのさあー、こんなこと言ったら亡くなった人に申し訳ないんだけど・・・」と

和子が話始めた。

「昨日、うちの旦那が近所のお葬式の手伝いに行ったって言ったでしょ。

うちの常会って、細かくてうるさくて大変なんだって前から言ってたの、覚えてる? 

それが今回は文句言う人が居なくて、静かで和やかで、とってもスムーズなんだって!」

「えー、どうして?

「だからあ、いままで何をやるにしても取り仕切って文句を言ってたその張本人が、

お亡くなりになったのよ。」

「ふーん。」

いつもやかましい仲間が、それぞれ何か考える顔になった。

「いつもこういう時はこうするのが常識だとか、今まではこうしてきたとか、

こんなことも若い人は知らないのか、とか言う人だったらしいのね。っていうのは、

あたし、ああゆうちゃんとした場所って苦手で、夫にばっかり行かせてるから

その亡くなった人のことよく知らないのよ。」

「エー、あんたずるいんじゃない?旦那のことおとなしくて出不精だって、

いつも言ってるのに、旦那ばっかり行かせてたんだあ。」

「だってほら、あたし常識ないから。」

「うん。 それは言えてる。」

「ひどーい!」と漫才おちがついたところで、お開きになってその日の仕事になった。

 

それから2・3日して、葬儀も無事済んだということで、

またその話になった。

「でも、皮肉よねー、いくら煩かったっていったって、

いっしょうけんめいやってきたんだろうに 

それが、その人が亡くなっていなくなってからのほうが、

スムーズにことが運ぶなんて、なんの為に頑張ってきたんだか、

わかんなくなっちゃうわ。」そう言った美樹は、職場のリーダー格で、

仕事の流れを見る上でどうしても憎まれ役をすることになっている。

「でも同じ事を言うんでも、言い方もあるわよね。」遠慮がちに言った法子は、

丁々発止の会話を楽しみながらも、なかなかその中に入れないことが多く、

時々スパイスの効きすぎたやりとりに、ドキドキすることがあるのだ。

「でもね、それが夫からいろいろ聞いてたら話が違ってきてね。

スムーズに事が運んだのには訳があったのよ」

「訳って何よ」うんうんと皆の興味が集まる。

「その亡くなった方のお家の箪笥の上に、きちんと箱が重ねられていて

その箱の前の所に中に何が入っているかが書いてあったんだって。

それが、今までの記録とか必要事項が、ちゃんと整理されて入っていたんだって、

それに、今まで口煩く言われたことなんかも、みんな覚えてたんじゃないの?

それでスムーズだったみたいよ。」

「ふーん・・・」

「すごいしっかりした人だったんだあ。」

「でも、その奥さんは大変だっただろうなー。

その人と一緒になって幸せだったんだろうか?」と言ったのはのんびりやの法子だ

「うーんどうだろうね、人の幸せなんて誰にも分かんないからねー。」

「でもさ、最近の人達って、事なかれ主義で波風立てないようにするばっかりでさ、

悪役をかって出るような人っていなくなったよね。」

「だって、文句言うと殺されちゃう世の中だもの。」

「そーそー、この頃の学生って違う意見を持たないっていうより言わないんだってよ。

 大学なんかで、誰かの意見に対して意見を言うと、

その人が学校に来なくなっちゃったりして、

その話を聞いて、言ったその人も学校に来れなくなっちゃったりするんだって!」

「きゃー、こわい!」

「だから、みんな何にも言えなくなっちゃうんだよ。」

「家の娘なんて、あたしに対しては言わなくたって良いところまで文句つけてくるのに、

友達には何にも言わないんだよ。

この服どーお? なんて聞かれると「かわいー」とか「良いんじゃない」とか

言ちゃって、絶対におかしくてもそう言わないんだよ。 

なんで言ってあげないの?って聞いたら、

そんなことしたら友達いなくなっちゃうって言うのよ。」

「そんな思ったことも言えないのは、本当の友達じゃないよね。」

「でも何でも明らかにすれば良いってものでもないし・・・。」

「難しいよねー。」

「出ましたー!むずかしー攻撃!はい、そして人はいろいろだよねえ・

で、仕事にかかりましょう!」

リーダー美樹のかけ声でお茶はお開きとなり戦闘開始となった。

 

話の締めに必ず程出てくるセリフが、「難しいよね」と「人っていろいろだよね」だ。

 

 和子は思った。

自分もそうだが事なかれ主義で日和見主義になりやすく、

その場その場を、何となく流して生きている。

それで、後に何を残せるのだろうかと・・・。

亡くなったその人が、矜持を貫いたのか、単なる自己満足だったのかは分からない。

 しかし彼の作った道を引き継ぐことは、

故人への一番の餞「はなむけ」になるのではないかと・・・。

 

 その夜、夕食がすんでお茶を飲んでいる夫にそれを話した。

「そうすることが、自分たちの為にもなるんじゃないの?」と

 すると夫は「ほんとだよなあ みんな仲良しごっこばっかりしてて、

腹ん中じゃ何考えてんだか分かんねえよなあ。

苦言を呈するなんてことばは死語じゃねえのか? 

昔、おいらみたいな馬鹿もいなきゃ、世間の目えわあ〜、さあめえぬ〜。なんて歌が

あったっけがな。」と変な節をつけて歌った。

「でもな、お前は常会の集まり出たことないから分かんないだろうけど、

みんな仕事の後で疲れた顔して集まって、はい、それではそういうことでって

話がまとまる頃に「はい」ってまじめな顔で手を挙げられると、

ゲッっと思っちゃうぞ「これはどうなんですか?」なんて、

みんな知ってるけど触れないでおいた問題を持ち出してきたりして、

あれはちょっと嫌んなっちゃっても仕方ねえぞ。」

「それはつらいわね。とにかく几帳面な人だったのね。

何がいいのか悪いのか、難しい問題よねー。」といつもの締めのことばを言って、

片づけを始めた。  

子供たちは、早々と自分の部屋に戻っていて、静かな晩秋の夜が更けていった。

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