台風一過

 

 山小屋が倒れるかと思う程、強い風の台風が過ぎた日、晴天。

前日、荒れ狂う雨風の中をリンパマッサージさんが来てくれて、体調がいい。

 あんまり愚痴を言いたくないんだけど、私は腰や背中が痛くない日が殆どない。

ケロイドも引き攣れと何かが触る痛みで、もう40年近くその存在を忘れたことがない。

 でも、忙中閑ありじゃないけど何だか楽な時がある。

 

 その日は、見も心もその青空のように晴ればれとした感じだった。

朝一番に母からの電話。

「麻子よ、この間洗濯干しのところから落っこちてアザになったの見せたっぺよ。

あそこに何だか固まりが出来てんだわ。んで、病院に見せてくっから」

父が仕事から戻ったら、午前中のうちに病院に連れて行ってもらうんだと母は言うが、

父は午後からダンスに行く日だ。

「いいよ、私が行ってやっぺよ」と言うと

「そーけぇ、悪いべよ」と母は嬉しそうな声を出した。

 青い空、緑の畑、白い雲。

太陽の日差しが強くてミンナ光輝いている。

 開けた窓から入ってくる風がさわやかだ。

 

「麻子よ、忙しいのに悪いなぁ」

「いや、今日はそう忙しくないから大丈夫だよ」

私が穏やかだと母も嬉しそうで、何時ものように私を苛立たせるようなことを言わない。

 負のスパイラルになる時っていうのは、忙しい時や辛い時ほど、余計な揉め事が起き

更に自分の首を絞めることになり、調子の良い時ってのは、そのままスムーズに流れて

いくようになっているみたいだ。

 まあ、好事魔多しでスッテンコロリンってこともあるけどね。

 

「本当は、これ位のことでお前の手を煩(わずら)わせたくなかったんだけどな」

「別にいいじゃん、今日は天気もいいし、ドライブだと思って気楽に行こうよ」

「んでも、これから先が長いのに今から世話掛けてたんじゃ、年とって本当に面倒見て

もらわなくちゃなんなくなった時に飽きられちゃうべ」

「そんなことないよ、先なんてあるかどうかも分かんないんだから、先は先でその時に

考えたらいいんじゃねえの」

「んでも、悪いな」

 口が悪いクセに人にやってやるのが得意で、やってもらうのは苦手な母は何時までも

グズグズ言っている。

そこで思い出した。

「前にテレビでお笑い芸人が仕送りの話しから親孝行の話になったんだわ」

「ふーん」

「自分が食べられるようになって実家に仕送りしてるとか、まだ仕送りしてもらってる

とか、色々だったんだけど、『ヨーシ、その通りだ!』って思う話があったんだ」

「へー」

「チハラ兄妹、ったって分かんないよね」

「ん、分かんね」

「まぁ、その兄が成人した時に親から手紙みたいなのを貰ったんだと」

「ふーん」

「で、フツーに成人してオメデトーつう手紙だと思ったら、それまでに掛かった金額が

書いてあって『これから、これを返すように』って書いてあったんだと」

「あはは、それはいいわ」

「だっぺ。あたし、そうすべきだと思うんだよね。

芸人の中に『親に仕送りしてる』なんて言う人も居たんだけど、チハラ弟も成人した時に

同じ手紙を貰ってて『まだ借金返済が終わらないから、仕送り出来るまでには間がある』

って言ってたんだわ」

「そーかぁ」

「うん、子供の立場としてのあたしも同じ考えだな。

まだ、お母ちゃんやお父ちゃんに気持ちを掛けて、金掛けて育てて貰った借金、返し終

わっていねぇな。だから、まだ親孝行の域に達していねえんだな。

 でも、あたしは親の立場でもあるだろ。

一応、子供らに同じ話をして『親孝行する前に借金返せ』なんて言ってんだけど、

本当は、ホレ『子供は3歳まで可愛いと思って育てるだけで恩は返し終わってる』って

いうだろ。

もう、親孝行はしてもらって終わってると思うんだよね」

「そう考えたら、楽だな」

「そーそー、あたし楽な気持ちで生きたいんだよ。

つっても、やっぱし年取ると何かと不自由になるのは事実だよね」

「そーだ、お母ちゃんこの年になって初めて年取るちゃどういうことだか分かったな」

「あたしも、いまーに分かんだっぺな」

「大丈夫だ。誰も若くなる人はいなくともちゃんと年取ってぐんだから、いまに分かる」

 

 母の車の乗り降りが、「どっこらしょ、どっこらしょ」と大変になった。

注意力が散漫で忘れ物が多くなった。

「先生が変わったから一度会って話してほしいんだ。先生も連れてきなさいって言ってる」

と言うので母と一緒に診察室に入ったが、医師は私に関心がなさそうだった。

 近くの駐車場がイッパイだったので帰りはちょっと歩くことになったが、母の息は

上がってしまい「はーはー、ぜーぜー」が中々治まらなかった。

そして「いいよ」と言うのに無理やり小遣いを呉れた。

 

その帰り、貰った金でミニバラを20鉢買った。

そのミニバラと、私のタメにと母が挿し木していた原種のバラ20本を一週間掛けて

庭に植えた。

 どうも、親孝行までには間がある様子だ。

 

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