タクシー

 

奈々は「ママってコドモみたいだよね」と店で働いている娘(こ)やお客から、よく

言われる。

 娘の栞(しおり)に、「よく7歳までは神のうちって聞くけど、お母さんってコドモの

まんまなのかもしれないね」と言われたことがある。

「何で?」と奈々が聞くと、

「コドモって生まれて間もないから霊界から近くて、だから神様に守られてもいるけど

簡単にまた連れ戻されちゃうんだって、コドモって何かが危なっかしいけど、

何かが強いでしょ。考えが深いんだか浅いんだか、考えてるのか考えていないのか

急に変なことするけど、それが当たってたりするのよね」

「お母さんってそういう感じなの?」

「そう、自分では分からないの?」と栞に言われ、

「分っかんねぇなぁ」と奈々は首をかしげた。

 

この間、用事があって東京に行きタクシーに乗った。

 

暖冬といっても夜は冷え込みむ、奈々はコートの襟を立ててそのタクシーに乗り込んだ。

行き先を告げて

「さぁむいねぇー」と言った奈々に

「さすがに夜は冷えごむねぇ」と答えた運転手の東北ナマリが、何だか奈々は、とても

懐かしいような気がしてふざけたくなった。

「おどさん、一人で暮らしてるんだがら風邪なんかひかねように気をつげるんだよぉ」

「えっ」っと運転手がバックミラーで奈々の顔を覗いた。

「お客さんはドゴの人ですか?」

「さぁーて、ドゴの人だと思う」

「青森ですが?」

「ドゴごでもいがっぺ。んでも、おどさん、ちゃんとゴハン食べでっげ?」

「あー、奥さんオレの母ちゃんにそっぐりだ」

「そおげぇ、久し振りだねぇ、でも、元気ださねどだめだよぉ」

「オレ、もう疲れちまった」

「だいじょぶだぁ、ちゃんと食べで暖かぐしてちゃんと寝だら元気になるよ」

「オレ色んなことがあって生きてるごとに疲れちまったんですよ」と言った運転手に

「何でしょ?また」と奈々に戻った。

「会社が上手くいかなくなって、タクシーで働いてきたんですが、青森に置いてきた

女房が死んで、一度青森に帰っていろいろ始末してきたんですが、もう帰る家もないし

行くとこもねえし、生きててもつまんねぐなってしまって」

「そうげぇ、でーも、だいじょーぶだぁ。

おどさんは、むがしっつから頑張りやの人だったでねえの。色んなごどがあったげど

ちゃーんとのりごえできたんだがら、今度もだいじょーぶだぁ」

「オレ頑張れっがな?」

「うん、頑張れるよぉ」

 

目的地に着いてお金を払おうとする奈々に運転手は、

「握手してくれますか」と言った。

「いいよぉ、おどさん。ほんどにげんぎ出してねぇ」と両手を出した運転手の手を

両手で包んだ。

「もう、心配しなくでもだいじょうぶだがら」と運転手は言い

「えがったー」と奈々は心の底から言った。

 

 タクシーから降りてから、北風は冷たかったが奈々は何だか胸が暖かくてとても良い

気持ちだった。

 その時、栞が言っていたことを思い出した。

そして、奈々は、コドモみたいでいいもんねぇーだ。と思った。

 

 

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