ティンカーベル (棒)

麻子の店には1本の不思議な棒がある。

茶色い20cmほどの竹が横っちょにガムテープで付けられたのれん棒で、その先に木でできた

洗濯バサミが、これ又ガムテープで止められてある。

それを見たお客さんが「これは何ですか?」と不思議そうに聞いてくる。

そこで、壁の高い所や天井にひっかけてある品物をひょいっと取って見せると、いたく感心する。

しかし、茶色い棒の意味はわからない。

 

これは麻子のお守りのひとつなのだ。

 

これが来る前は、高い壁から物を取るとき、脚立を持ってきたり、シャッター棒にひっかけて

商品を取っていたのだが、これが、店が狭い上に所狭しと品物が並べられている中で、それは

大騒ぎで、時に壊れ物の上に落とす事もあり、しかし、それもひとつのイベントではあった。

 

その日、中年から初老へ移るあたりの夫婦連れが来店した。

奥さんは何度か店に来ている。その顔に見覚えがあったが、ご主人のほうははじめてみる顔で

あった。

 

ティンカーベルは女の客が多い。男の客はほとんどといっていい程来ない。

だから時々入荷する衣類など、試着室を使わず、店の片隅で着替えている人もいたりする。

そういう雰囲気の店だから、ご主人は最初から居心地が悪そうだった。

店の入口に立ったまま中に入ろうとせず、奥さんが店内を見て回るのを腕を組んで見ていた。

麻子の店は、奥さんのアッシー君をおおせつかっている旦那さんというのも意外に多く、車で

待っていたりするのだが、そのご主人は入口の所で斜めに奥さんを見ていた。

 

店内はいつもの様に女達が、しゃべり、騒ぎ、壁の商品を取るのにおおわらわの騒ぎだった。

それを彼は白い目でみている様な気がして、麻子はちょっと気になったが、客の女達はいつもの

ペースであった。

 

その夫婦が買い物をして出ていったあと、店員の塚ちゃんが、

「やな感じ、面白くないなら、車で待っていればいいのに。」と言った。

麻子もそう思った。

それから、1週間ほどして麻子が外に出て花に水をやっていると

「麻子さーん」と塚ちゃんが呼んだ。

「何?」と店へ入って行くと、あの時の奥さんが来ていた。

手に持っていたのは、茶色い竹で作られた“ザク又”だった。

それは、トゲが刺さらない様に

ペーパーやすりがかけられ、細い横枝を1本だけ残して作られていた。

この間一緒にきたご主人が、作って持たせてくれたのだと彼女は言った。

麻子は、すぐに壁の物を取ったりひっかけたりしてみたが、非常に具合が良い。

 

「ありがとー」と麻子は嬉しくなって礼を言った。

そして、店の中を見て回る奥さんとしばらく話すことになった。

「私、てっきり旦那さんは、この店の大騒ぎの馬鹿さ加減を、軽蔑しているとばかり思ったわ」

といつものようにはっきり言う麻子に、

「ううん、すごく楽しいお店だって言ってたわよ。

でもあれでは壁のもの取るのが大変だろうって、考えてこれを作ったみたいよ。

私も作っているのを知らなかったのよ。」

「ホント、ありがとう。すっごく嬉しい、喜んでいたって伝えてください。

でもホントに お宅のご主人、この店、楽しかったのかな?」と居心地の悪そうだった顔を思い

出しながら麻子が言うと

「えぇ、私もこの店大好きなのよ。

ここ2、3年御無沙汰しちゃったけど、前はよく娘と一緒に来ていたのよ。」

「ええ、そうですよね、奥さんは見覚えがあるもの。」

「ありがとう、覚えていてくれた?

うちは一人娘なんだけど、ここは娘が見つけてきて、お母さん、いいお店があるよって連れて

来てくれたのよ、それからふたりで何度も来たのよ。

だから、こうやって お店の品物を見ていると、肩の後ろあたりから、

それいいねって声が聞こえてくる気がするの。」

「今、娘さんはどちらに?」

「うん、天国。

夫もこの店に一度来たいってずっと言ってて、この間来て、本当に喜んでいたのよ。」

 

それから竹のザク又は重宝し、重い物にしなり折れ、短くなって役に立たなくなったが、

今は、新しい棒に縛り付けられて残っている。

 

この棒は、この店のお守り(おまもり)で何かをお守り(おもり)している。

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