座敷

 麻子の店では、奥にある倉庫で、壊れたような難アリ物を売っている。

そこの片付けをしていると、30歳代の女性が入って来た。

 そして、貝殻で作ったオブジェや風鈴を手に取った。

「これ、素敵ですね。私こういう海の物って大好き!」

「ねぇ、いいですよね。何だか海の風と匂いを感じますよね」と、麻子は言った瞬間

その女性に自分と同じニオイを感じた。そして、離婚していると思った。

「うちの長男が、海大好きなんですよ。でもってボクは絶対海で生まれたって言うのよ」

「へー、そうなんだぁ。面白いですね。ウチの次女は、逆に前世で海で死んだことがある

と私は思うのよ。

信じられます?プールに入ると、底まで沈んでいくんですよ。

沈もうったって、普通はなかなか沈めないですよね。

水は怖いって言うし、手が冷たくなって水に入れたみたいに濡れたりするんですよ」

「何かありますよね」

「うん、何か分からないことがあって、それに動かされて生きているって気がしますよね」

彼女の海が好きな長男は、サーファーをしていて中学生だという。

その日は、長女と次男が彼女について来ていた。

彼女は一人で3人の子供を育てていた。

 

 話の弾みで、

「私、友達が亡くなってから調子が悪くなって」と彼女が話し出した。

彼女が、そう言った瞬間

「自殺だね」と、麻子は言っていた。

そういう時の麻子は、考えているわけではない。

後になって考えてみると、友人は病気で亡くなっているということも十分あり得る。

「どうして分かるんですか?」と、その人は言った。

「どうしてだろうね」と麻子は言ったが、麻子は自分が教えて欲しいくらいだ。

でも、伝えたいことがあって彼女達はココに来ている気がした。

亡くなった友人は、この世を去って二年になるという。

と、いうことはもうすぐに三年忌になるのか。

 

  その人は生まれ育ちが孤独であったらしい。成人してからも不運続きであったらしい。

ここに居る彼女が唯一の友達であり、頼りにしていんじゃないかと感じる。

 命を絶つ前、彼女は彼女に最後の電話を入れた。その日は、ここに居る彼女の誕生日だった。

亡くなった彼女は、本当にこの彼女に助けを求めていた。

彼女の電話には、亡くなった彼女からのメールが今も残っているという。

「分からないけど、変なこと言うけど、聞いてね」と、麻子は言った。

「はい」

「その亡くなった彼女が、逝くべき所に往けるように手伝って欲しいの。

と、言うのはまだ楽になれないでいるような気がするの」

「やっぱり、そうですか」

「うん、言葉じゃなくて、あなたには分かるわよね」

「はい」

「私、思うんだけど、本当にその人のことを思う人が、ちゃんと親身になることで、

自分で覚悟を決め、みんなが冥福を祈ることで、逝くべき所へ往くんじゃないかなぁ」

「ええ」

「あなたも辛かっただろうね」

「はい」

苦しんで自殺し、死んで苦しみ助けを求めている。

それは、鬱のような状態と絶望感になって現れ、生きている人に感光する。

 麻子も、同じような経験をしていた。

その時に知ったことは、って(本当にそうかどうかは、分からないけど)

死んだ人はそこで止まってしまう。フリーズしてしまう。らしい。

悲しみ、絶望、怒り、苦しみ、恨みが、その時のままで固まり動かなくなる。

その形を失った何もないものが、苦しんでいる。

それを救うということは、生きている人間が救われることでもある。

でも、それはその時期がくるまで許されない。救われない、救えない。

 

 彼女たちにも、その時が来たんだろう。と麻子は思った。

「もう、彼女を許して、解放しようよ」と麻子は言った。

「どうしたらいいんですか?」とその人は聞いた。

「うーん、先ず、どうしてそんなことをしたの?と彼女を責めるのをやめてぇ。

それから、彼女が平和で安らかなイメージを持つ。

そしたら、もう、携帯電話のメールも消したら?」

「何時、消したらいいですか?」

「何時でも、あなたがイイ思ったら何時でもいいと思うけど、もうすぐお彼岸だから彼女のお墓にでも行って、

『もう楽になってね』って言ってきたら?」

「そうですね」

「彼女があなたの周りに居なくなっても、彼女は消えて無くなるわけじゃないのよ。

いろんな苦しみから解放されて、自由になって何時でも思い出した時に側に居るんだと思う」

「彼女に、本当に楽になってもらいたい」

そう言った彼女の頬は、涙で濡れていた。

 この人と友達になった彼女、きっと幸せを求めて生きた人生だったんだろうなと麻子は思った。

 

 何日かして、彼女が麻子の所へ来た。

墓参りに行ってきたという。

 顔がスッキリして見えた。

「麻子さん、2日前に何か感じませんでしたか?」

「何か感じるっていったら、何も感じない日なんてないよ。

でも、そういうことに振り回されていたら身が持たないんだよ」と、フザケながら麻子が言うと、

「そうですよねぇ」とその人も笑いながら答えた。

「でも、彼女のお墓に行く日、その前に麻子さんの所に寄ろうかと思ったんですよ」

「どうして?」

「何だか、気持ちに迷いがあって、最後の一押しを麻子さんにしてもらおうかと思って」

「だぁめ、だぁめ」

「えっ、何が?」

「あなた、自分が彼女だったと思ってごらんよ。

自分と友達の関係の中に、見ず知らずの人がしゃしゃり出て来て、友達が自分の気持ち

から、じゃなくて訳の分かんない人のいうこと聞いて行動してたんじゃ、ムカつかない?

ムカつくっていうか、サビシイでしょ」

「あー」

「もう、大丈夫だよ。

あなたの思う通りにやっていけばいいんだと私は思うよ」

「あっ、はい、分かりました」

「ねっ、二人の座敷。っていうか二人の土俵に関係のない私が上がりこんではオカシイでしょ」

「ええ」

 

 麻子は思う。総ては子育てと同じ。

自分が育つことで、相手が育つ。

 親切でなく深切。やりすぎは禁物。

 

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