熟年離婚、セーフ

 

 久し振りに会った知人が、痩せていた。

大分フックラしていて「痩せたい」が口癖だった人が、細くなっていた。

「あら、痩せたんじゃない?」と言うと、

「そーなのよ」と嬉しそうに彼女は言った。

「どうしたの、ダイエットでもしたの?」

「それがさぁ、去年の市の検診で引っかかってさ」

「何、病気?」

「あー、旦那がよぉ」

「あら、どうしたの?」

「胃癌で引っかかって、病院に行ったらそこでも再検査になっちゃって、それが中々

ちゃんと診てもらえなくて結果が出るまでの3ヶ月。心配して御飯も喉通らなくなって

気が付いたらこんなに痩せてたのよ」

「で、旦那さんは大丈夫だったの?」

「そうそう、何でもなかったのよ」

「良かったね」

「うん、色んな意味で良かったのよ」

 

 彼女の夫は、あと何年もしないで定年を迎える。その夫が定年になったら彼女は離婚を

言い出すつもりでいた。

 几帳面で真面目、融通の利かない夫に、彼女は見切りをつけていた。

ところが、その夫が胃癌かもしれないとなった時、どうしようもない程心配したのだと

いう。

 (カワイソウってことは、惚れたってことよ)とか、(嫌い嫌いも好きのうち)なんて

言うけど、彼女は亭主が目障りで大嫌いだったのが、カワイソウでたまらなくなった。

「不器用な人なの、一人で頑張っても誰にも認められないで、敵作るようなことばかり

言っちゃう人なのよ」

 夫の胃癌がシロだと判明して、彼女は離婚を言い渡すのを止めることにした。

旦那さんは元気でいたら定年退職後は、一人になっていたなどとは夢にも思っていない。

でも、自分が癌かもしれないという瀬戸際の気持ちを味わったことと、彼女の心配と

励ましで何かが変わったらしい。

「相変わらず几帳面でウルサイ人だけど、何だか許せるようになったのよ。

痩せるっていうオマケもあったしね」と彼女は笑った。

 

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