珠理4

 

 というワケで(ってどゆーワケだー)珠理が貰った物は数知れない。

箪笥、着物、食器、本、骨董、犬、猫、メダカ、とあらゆるモノを貰ってきた。

 

 「今度店畳むんだけどそこにあった物、貰ってくれない?」と突然声を掛けられる。

そして、初めて会った人が段ボール箱に詰めた食器などを置いていく。

 それらは漫画喫茶の横に置いておくと「これ何?」と言う人が居る。

「あー、それ貰ったんだけど、欲しい?」と聞いて「欲しい」と言ったらあげる。

 珠理は、それを整理して出しはするが、一番にその中を物色して自分の物にする。

ということはしない。

物と人にも、人と人みたいに縁があって自分の手元に来るものは来る、残る物は残る、

んじゃないかと思っている。

 ただ、大事なことは古くて汚れていたりダサい感じがしたり自分の好みでなかったり

した時に、邪剣にしたり粗末にしたりバカにしない。ということだけは気を付けている。

古くなった物を捨てるのは、新しい使い手を捜すより簡単で、捨ててしまった方が

心が残らず良い場合もあるだろう。

 でも、物に罪はないと珠理は思う。

親が死んでも子は生きていくように、物は物として生かされて役に立ったら嬉しい気が

する。

 古い物には、それを使っていた人の暮らしが見えることがある。

それは、倹(つま)しかったり暮らしの中のクセだったりする。

 それが珠理には楽しくて愛しい。

 

 箪笥(たんす)

 長く感じた冬が終わって、凝っていた肩がほどけるような春風の日だった。

珠理は、開店前に店の南側に通っている道路と店の間にある庭の草引きをしていた。

 まだ出たばかりの小さな草の芽は、それはそれできれいで可愛らしかったが、そんな

ことを言っていたらあっという間にモンスターになることを今までの経験で知っている。

 何時ものように地べたに張り付くように小さくなって草を抜いていると、停まった車が

あった。

 軽トラだった。

引っ越しででもあるのか荷台には段ボール箱や家具らしき物が見えた。

 運転席から60歳は過ぎている背の高いの男が降りくるのを見て、道聞きかと珠理は

思った。

「あのぉー、ここの方ですか?」

「はい、そうですけど」

「あのぉー、突然でなんなんですけど、箪笥貰ってくれませんか?」

と男は言った。少し訛りのある真直ぐな声だった。

「はいぃ?」

「箪笥。今から捨てに行く所だったんですけど、奥さんの姿が見えて、奥さんに貰って

もらいたいと思ったんです」

「えー?」

「古い物ですが、良い物ですよ。

変なモノじゃないですから、貰って下さい。

兎に角、ちょっと見てやって下さい」

 と言うと男は車の席に座っていた40歳位の女の人に

「おい、手伝え」と声を掛けた。

 あーあ、見たら貰うことになっちゃうだろうな。という予感がした。

案の定、桜作られているという茶箪笥が店の前に降ろされ

「奥さんがいらねぇって言ったら、今から行くゴミ焼却炉に持って行くしかないんです。

これ、…。

初めて会った人に話すことじゃないんですが、前の奥さんの使っていたもんなんです」

と男が言うのを聞いて、珠理は男の横に立っている女に目をやった。

 純朴って言ったら体裁はいいが、ちょっと野暮ったい感じの丸顔の女がニコッと笑って

頭を下げた。

「これ、今の奥さんなんです。

年は私より22も下で、似てないけど親子か?なんて言われたりするんですよ」

 なるほどちょっと垢ぬけた初老の男とそこに立つ女は、夫婦には見えなかった。

 

 奥さんの前でそんな話していいのかな。と珠理は思ったが、男は事情を話し始めた。

ホテルの支配人をしていたが定年になって辞めた。

 支配人という役職はなくなるが残って勤めるという選択肢もあったが、もうゆっくり

やったら?という今の奥さんの言葉があったという。

 あたしが食べさせてあげるよ。という言葉と共に。

前の奥さんは病気で亡くしていた。

 男は、早くに親を亡くし苦労してホテルの仕事につきそこで前の奥さんと知り合った。

奥さんの実家は裕福で、男は姓は変えなかったが入り婿のような状態で奥さんの実家の

敷地の一角に家を建てた。

 子供は出来なかったが、それなりに仲好くやっていた。

しかし、奥さんが病気になった。

 長い闘病生活の末に亡くなり、そのままそこに住んでいたが、今の奥さんと知り合った。

「あったかい人なんさぁ。もう背伸びして頑張らなくてもいいのかなぁ。なんてさ」

と、そこから男の言葉が変わった。

 で、その人と一緒になるならそこに住んではいられない。ということになる。

「こいつがゆうのさ、何にもいらね。って」

 という訳で、今まで住んでいた家にある物を処分して別の所で暮らすんだという。

「血が繋がってねぇってサビシイもんだな。

奥さんが死んだらそれまでと違くなっちまうんだ。言ってみたら他人だもんな。

奥さんの看病してた時は、よくやってくれてありがとう。つってたのが、

早く出てってくれろ。って、家にあるもんは処分してってくれろ。って。

自分の妹が使ってたもんなのにな。

こいつは、優しいから持ってきてもいいよ。つってくれるけど、オレが嫌なんですよ。

前の奥さんも嫌かもしんねぇし」

 でーも、処分場で潰されるのは辛い、誰かにあげたくても知っている人は嫌だろうと

思う。どーしたらいいべか。

 車で処分場に向かいながら悶々としていたら、

「奥さんの姿が見えたんですよ。

覚えてないかもしれないけど、前に1回店に来たことがあって、さっぱりした人だなぁ。

って、その頃前の奥さんが病気で苦しんでたんですけど、奥さんみたいな人と話したら

元気になるんじゃないかな。って思ったんです。

きっと、前の奥さん、奥さんにだったらこの箪笥貰ってもらいたいと思うんです。

貰って下さい。置いてやって下さい」

 

 つうことで、その箪笥が今ここにある。

手あかが付いたり擦り減ったりしながら、磨きこまれた箪笥が。

 

 

 

 

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